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2004年1月

2004.01.31

中国の戸籍制度

 以下はウェッブサーフィンしていて面白かった記事の引用である。
 中国には住民台帳がない。代りに戸籍がある。戸籍は出生地に固定されている。戸籍の移動の自由がない。それでも大都会に人口が集まる。
 北京人口の約四分の一は他の地域の人である。彼らはもぐりだから、福祉の恩恵や市営住宅に入れる権利がない。公職につけない。そういう人は戸籍のない自由を逆にいかして、一人っ子政策を守らないでいい。影の人口が増えていく必然である。
 戸籍をもつ人でも、二人目三人目の子供には戸籍がない。そういう子供は死んだ他人の戸籍を買うようになる。戸籍上60歳の人が実際には40歳代というようなケースがたくさん出てくる。戸籍に移動の自由があり大都会に正式に移住できるのは党幹部などの特権階級だけである。
 中国は昔から官僚(士大夫)優位であり、役人でないただの普通人(無人)に人権はない。彼らが国家ではなく個人のことだけを考え、名誉ではなく金だけを尊重するのは、こうした歴史背景と社会構造の結果だといっていいだろう。
中国の農民の収入は、じつに17%が「労務収入」にたよる。また42%が「出稼ぎ」に依存している。まして農民は都市戸籍への変更が禁止されており、この戸籍の問題が未解決なままで真の繁栄はこないだろう。
目下の「土地問題」とは、農民がたとえ長期土地利用権を持っていても、「土地使用権」、「処分権」、「収益権」を保有せず、したがって誠実に農作に従事しても、利益は地元幹部やら信用組合などに収奪されていく。システム的矛盾である。
 農民の土地使用権を使用期間内において農民の財産権とし、権利移転、処分もしくは土地を担保の借り入れなどが可能にならない限り、無理である。温家宝首相は、こうした改革に前向きであるが、保守派の巻き返しにあい、なかなか改革草案さえまとめられない状況という。

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2004.01.29

葱の効用

 試して合点というNHKの番組を見た。関東では葱と言えば白葱であり、関西では青葱をイメージする。中間の名古屋近辺では葱は青白半々のイメージである。白葱は包丁を入れずに長いまま焼いて食べるのが糖度も高く、とても美味である。一方青葱は細かく刻んで生のままご飯にかけて食べるととても美味しい。関西ではお好み焼きや卵焼き、うどんなどには切り刻んだ青葱をふんだんに入れて調理する。
 白葱を長く切ったものと細かく切ったものとの違いを実験して成分を分析しながら説明していたが、葱の中にはアミノ酸が多数含まれており、同じく葱に含まれている酵素が大きな働きをしている。白葱を切ると酵素が働いてこのアミノ酸の性質を変化させてしまうところに、葱の味の相違の謎があるようだ。これだけではなく、葱には風邪に効く効能や血液をサラサラにする効能もある。番組の構成にも工夫が凝らされているが、日常生活でよく見聞きする事柄であっても科学的に探っていくと幾つもの新しい発見があることを教えてくれる。人間が積み重ねてきた生活の智恵を科学するというこの番組は大変ためになるものだと思った。

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2004.01.28

歯の治療

 まだ親から貰った歯が全部揃っている。勿論虫歯を治療して詰め物をしてある歯が数本あるが、抜去してしまった歯は1本もない。ところが先日この詰め物の一つがぽろりととれてしまった。拾いあげてみると全然傷んでいない。簡単に復旧出来る筈だと思って、かかりつけの歯科医師に治療の申し込みをすると1週間先の空いた日を予約してくれた。約束の日に行くと目視検査してから「やあこれは相当ぼろぼろになってますね。抜かなければならないかもしれませんね」と簡単に言う。レントゲン撮影をしてから「相当時間のかかる治療になるから2週間後にまた来て下さい。今日のところは応急処置をしておきます。」と言う。結局あの身のすくむようなガリガリと歯を削られる地獄の攻めにあうことは先送りされてしまったが、今度行ったときには抜かれてしまうのだろう。麻酔をしてから処置するとはいうもののできれば詰め物を充填するだけの処置にできないのかと思っている。自然に抜けるまで養生していく治療法はまだ確立されていないのた゜ろうか。歯医者はすぐ抜きたがるという印象をぬぐうことができない。

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2004.01.27

おかしな議員達

 政党とは共通の理念や政策を持ち、その実現のために政権を担当したり、政権獲得を目的とした政治活動をする団体というのが日本語国語辞典による定義である。
 最近イラクへの自衛隊派遣を国会で承認するか否かの採決が行われようとしているとき、亀井元政調会長、古賀元幹事長、加藤元幹事長が公然と党議に反して、自衛隊派遣には反対だと主張している。自ずからの政治信条からの発言であろうからそのことはいい。しかし、政府与党の中枢にあった政治家が党籍を自由民主党においたまま、こうした発言を臆面もなく繰り広げるのは如何なものであろうか。当然に離党して発言すべきだと思うのだが・・・・・
 おかしなことはまだ他にもある。民主党の古賀議員の経歴詐称問題である。わざわざアメリカへ渡航して自分で事実関係を確かめてきたそうだが、卒業していない厳粛な事実はひっくり返せなかった。少なくとも自分の経歴に関して嘘をつくような人間は虚言癖と大言壮語癖のある人間であると昔から相場は決まっている。まだ未練がましく党籍を離脱して活動すると言っているらしい。恥の上塗りを続けるつもりらしい。

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2004.01.26

守旧と革新

 現在パソコンを二つ使っている。ひとつはWindows MeでもうひとつはWindows XPである。Meのハードディスクが故障したとき修理の2週間が待ちきれなくて購入したのだが、二つを使い分けようと考えて、Meにはオアシスを、Xpにはワードのソフトを入れて出来るだけ両方のソフトが使いこなせるようになりたいものだと日夜おぼつかない手つきでワードによるタイピングを継続は力なりを信じてやってきたが、どうしても慣れているMeの方が扱いす易いので、使用の頻度はMeの方が圧倒的に多かった。ところが昨日へまをやってMeのほうが通信できなくなってしまった。いろいろ復旧の試みをしているのだが、中々元通りになおらない。従って暫くはXpの方の慣れないシステムに付き合わざるを得ない状況に立ち至っている。このとき感じたのは人間は誰でも慣れ親しんだことは安易には捨てがたいということである。その方が効率的で楽だからである。政治の場で保守と革新が争うが理念とか政策以前に人間の摩訶不思議なこの安易に流れがちな性質を理解し、取り込んでいく能力がその政党に備わっているか否かだとの思いを強くした。

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2004.01.25

寒中の漕艇

 寒気団が襲来して毎日寒い日が続いているが、昨日は北京から春節の休暇で帰国した漕友S氏を交えてナックルフォアを漕いだ。寒くはあったが、風はなく水面は鏡の如く穏やかであった。前半はコックスとして乗艇したので、体を動かすこともないので寒さが身にしみた。後半はシート変更をしてバウを漕いだ。漕ぐほどに心拍数もあがり、やがて汗ばむほどになったが、とても心地よい汗であった。
 さて、艇を降りてからの杯を傾けながらの懇親で、中国の最近の社会情勢や経済情勢が話題になった。S氏は某自動車メーカーの技術者として長年研究開発に携わってきたのだが、定年退職後請われて中国の自動車メーカーに技術指導に単身赴任している。彼は現地の技術者や技能者が質問にきても決して答えを先に示さず、その答えを導き出す過程を時間をかけて説明することにしていると言った。この対応の仕方が評判になって今は彼の部屋の前には列ができるほどだという。何か教育の原点を物語っていると思いながら説明を聞いた。そしてS氏の中国人の国民性の観察は自己中心だと一言で表現してみせた。会社に対する帰属意識も国家に対する忠誠心も感じられないとの見方は正しいところを見ていると思った。

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2004.01.24

表意文字

表意文字である漢字の数が少なくて不自由を感じることが多い。そんなとき以下のような記述を発見した。
國語問題協議會は、かつての「当用漢字表」(昭和二十一年内閣告示)を次のやうに皮肉りました。

犬があつて猫がない。鶏があつて兎がない。馬があつて鹿がない。松があつて杉がない。桃があつて栗がない。梅があつても鶯がない。竹があつても雀がない。砂があつて泥がない。霧があつて霞がない。虹がない。峯があつて麓がない。君があつて僕がない。我があつて汝がない。彼があつて誰がない。好きがあつて嫌ひがない。才があつても智がない。服があつても靴がない。坊主があつても袈裟がない。衣はあるが袖がない。身頃もない。頭があつて頸がなく、皮膚はあつても肌がなく、目があつても瞳はない。

非常に漢字の現状を言いえて妙であると感じた。

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2004.01.23

不思議なこと

 イラクが戦後の混乱で苦しんでいるが、これは大量破壊兵器を保有していた疑惑から国土を攻撃されて焦土と化したからである。ブッシュにテロ支援国家と名指しされたリビアは核査察を受け入れると宣言した。そして今、最大の焦点となっているのは頑に核査察を受け入れない北朝鮮である。ところで静かに考えてみると現在の核保有国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国でこれはいずれも国連の安全保障理事会の常任理事国である。所謂拒否権を与えられた五大国である。これ以外に核兵器を保有している国にインド、パキスタンがある。イスラエルも保有している可能性があると見られている。核不拡散条約というのがあって1970年3月に発効しているが、これは上記の核保有国以外の国が核兵器を保有することを禁止するというものであって、上記5ケ国は例外扱いである。この五大国が核兵器を保有していることに対してこれを不当であると追求する世界的な運動がおこらないし、これを既成の事実として論外においてならず者国家の核保有だけを問題にする理屈は不条理だと思う。北朝鮮に核兵器廃棄を求めると同時に五大国とインド、パキスタン、イスラエルに対しても廃棄をもとめなければならないと思う。

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2004.01.22

棋道会

 棋道会の例会があった。もうかれこれ15年近くも続いている囲碁同好会であるが、最初加入した時に優勝しただけで、それ以来優勝したことがなかった。昨日は組み合わせの抽選で運良く、シードの位置に入ったものだから、僅か二勝しただけで優勝することができた。いつも前半優位にたちながら、終局に近い場面で石をとられるという悔しい負け方が多かったので、今回は大勢を常に考えながら、弱い石を先ず補強することにし、相手の弱い石を無理やり取りにいくのを差し控えた。この作戦が功を奏して弱い石がなくなり終盤の寄せで随分得をした。
 いつも今日のような心境で打てれば勝率ももっとよくなり段位もあがるだろうと密かに期しているところだ。

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2004.01.21

考えること

 人間は色々と考える。考える時は寝つかれぬ夜等、寝床の中で考えることがあるが往々にしてあちらこちらへ想念が飛躍して纏まった考えにならないことが多い。寝床の中であるから周囲は真っ暗で目に入るものはない。従って脳内だけの作業である。一方歩きながら考えることがある。この場合は周囲の景色や道路等を見ながら歩いているので、視覚を常に働かせている。視覚で捉えた刺激が脳内に伝達されて考えることのほうが寝ていて考えるよりも纏まりやすいように思う。また読書しながら考えることがある。この場合は書かれていることを理解しようと神経を集中して読んでいるのだが、書かれている内容を理解するために過去の知識や体験と照合しながら読んでいるのでいろいろと連想が働く。連想が連想を呼び、考えが纏まることが多い。更に書きながら考えるという行為がある。この場合は知識や体験を総動員しながら自分のアイデアを具体化していく行為であるがこの作業をしているときが一番よく考えが纏まるようだ。このように考えてくると読みながら書きながら考えるとき一番知的生産ができるようである。

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2004.01.20

縄文的なものと弥生的なもの

 国民の文明史を読んでいる。日本の歴史を文明史的に見れば縄文的なものと弥生的なものが交互に表れ、日本文明の底流に流れる力に瞬発適応力と換骨奪胎機能があると説く大胆な仮設はちょっと読者の度肝を抜く表現であるが、説明を読んでみるとなるほどとうなづかされるところが多々あって非常な刺激を受けた。日本文化や文明の特徴を説明するものとして、集団主義、年功序列、縮み志向、縦社会、甘えの構造、恥の文化、官僚制度、農耕型社会、海洋文化、島国根性、武士道等色々な所説がなされているのを過去に読んでそれはそれで納得したものだが、今回のこの本は長いスパンで日本の文明を構造的に捉えようとする試みであっていろいろと現在の問題を考え解釈する上で有益な物差しを提供してくれていると思った。この国の形は天皇制に根ざしているという指摘はやはりそうかとの思いが強い。憲法の講義を若い頃聞いた中に明治憲法の継続性という説明が天皇制をその根拠にしていたことを思い出し、当時右よりの学説だと言われていた大石義雄教授の講義を思い出していた。

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2004.01.19

日本は世界の7大文明の一つである.

 西欧キリスト教文明、ロシア正教文明、イスラム文明、ヒンズー文明、中華文明、日本文明、中南米ラテンアメリカ文明が世界の7大文明であり、中でも日本文明は一国だけで文明圏を形成しているところに特徴があるとの記述に接してはっとなった。日本人論とか日本論は好きなので今までにも数多く所論に接してきたが、正面きって言われるとそうかなという構えた気持ちになる一方で、日本とは凄い国なんだなという気持ちがないまぜになって迫ってくるのである。今中西輝政氏の近著である国民の文明史を読み始めたところである。文明と文化と言う言葉については以前にもこの欄で言及したことがあるが、この本では文明と文化の相違にこだわることは意味がないとして所論を展開しようとしている。どのような展開になるのか楽しみであるが、久しぶりに硬い書物に取り組んだので、理解するのが精一杯でよたよたしなか゛ら読んでいるところだ。シュレジンガーとかトインビーとかハッチントン等の懐かしい名前も始終出てくるので彼らの著作も再読してみたいとの気持ちになってきたから不思議だ。

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2004.01.18

焼き鳥

 寒い日が続いている。ポートもシーズンオフなので、仲間達と顔を合わせることもない。そんなところへ、昨年納艇して以来初めて顔を合わせようということで、八王子の野猿峠近くの焼き鳥屋へ新年会をかねて集まることになった。総勢9人が集まった。空にはちらちらと雪が舞っているので大雪にでもなれば帰れなくなるのではないかと多少の不安もあった。多摩センター駅からタクシーに分乗して辿り着いた野猿峠の見晴らしのいいところにその焼き鳥屋はあった。囲炉裏には赤々と炭火がおこされていた。囲炉裏を4人で囲んで地酒を徳利にいれて炉端で温めながら雀、つぐみを串に刺して焼きながら酌み交わす杯はなんとも野趣味があっていいものである。こんがりと時間をかけて焼き上がった野鳥は骨までばりばりと食べられる。今シーズンはまたドイツのハンブルグで開かれる世界マスターズへ出漕しようとの相談で座は盛り上がる。傍らにおいた一升瓶もいつしか空になっていた。時間をかけて大いに飲み、大いに語った。幸いなことに日暮れてきたが、雪はつもらなかった。

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2004.01.17

東郷元帥の秘話

 日本人の大和心を彷彿とさせる逸話を発見した。東郷元帥の話である。以下は宮崎正弘のメルマガからの引用である。
さて東郷平八郎元帥に関して以下に日本海海戦後の二つの興味深い逸話を記述します。
(1)幕臣であり官軍に殺された小栗上野介の娘を東郷は自宅に招き、床の間の上座に座らせ深々と頭を下げ、この度ロシア海軍に勝てたのは、あなたおのお父様が横須賀造船所を造ってくださったお蔭である、と言ったそうである。
(2)日本海海戦戦勝の祝賀会で、ある人が祝辞で「あなたはネルソン提督や李舜臣将軍にも匹敵する英雄である」といったところ、東郷は「ネルソンはともかく私は李将軍の足元にも及びません。私は日本国民全ての支持の元に戦ったが、彼は国民の支持のないところで戦った」と言ったそうです。またかれは李将軍の子孫と親交を結び、それが今でも両家の子孫の間で続いているそうです。
 東郷元帥の以上の言葉にも見られるような、謙虚さ、広く深く事実を虚心に学ぶ姿勢が大和心の特徴です。ひょっとして私はそれを失っていないか、と時に反省する毎日です。
(ST生、神奈川)

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2004.01.16

ワープロソフトに思うこと3

 オアシスでIT世界に入ったのだが、最近はワープロ専用機を使うことは殆どない。PCにオアシスのソフトをインスールして使うほうが、なにかと便利だからである。ところがOSがウインドウズであれば、新規に買うパソコンにはメールソフトとしてはアウトプレスエキスプレスとワードのソフトは標準装備されている。従って、マイクロソフト社のシェァが大きい限り、初めてワープロを使うという人はワードの操作法から教わることになる。従ってワードの普及はどんどん進むという構造になっている。オアシスに慣れた者についてはワードはどうも扱いにくい。また入力スピードもオアシスの親指シフト方式のほうが遥かに速い。またエクセルについてもオアシスでは1-2-3と言う風にその名を変えて商品化されていてエクセルの操作法を知らなくても表計算ができる。非常に便利で判りやすいワープロソフトがオアシスだと思っているのだが、オアシス愛好者はもはや少数派になってしまったようである。23年前には罫線を引くのに+、-、「、」、|、等の記号を一つ一つ組み合わせて表を作成していた。格段の進化を遂げたワープロソフトであるが苦労して操作法を覚えたあの頃が懐かしい。

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2004.01.15

漢字と仮名の混ぜ書き廃止

 文化審議会の国語分科会が教科書に掲載される日本語の表記法につき漢字と仮名の混ぜ書きを廃止することを提言した。これは例えば「骨折」「成長」を小学校低学年用の教科書では「こっ折」「せい長」と表記していたの仮名を交えずに漢字で書いてルビをふるように表記法を変更しようというものである。
 この趣旨には全面的に賛成である。漢字は表意文字である。形で覚えるのが一番理解しやすい文字である。難しくて書けなくても、若い柔軟な頭で始終見ていれば、必ず脳内に残っている筈である。鉄は赤いうちに鍛えよという。人間も幼児に言葉を覚える時期に覚えることが如何に多いかはいうまでもない。さればこそ、漢字もルビつきで数多く早い時期から視野にいれておくのがいいと思う。
 そうでなくてもゆとり教育で学力の低下している若者達の学力を回復するためには時間がかかろうともこのような試みの積み重ねにしかないと思う。還暦をとうに過ぎて思うことは頭の柔らかい幼児期にもっと沢山の単語や漢字、外国語に接しておきたかったという思いである。

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2004.01.14

イースター島の謎

 南太平洋の東部、チリの西方約1500㎞の絶海のイースター島と呼ばれる火山島は120平方キロの面積であるが、1722年の復活祭の日に発見された。この時、住民は数千人から2万人程いたと推定されている。その52年後の1774年、探検家J.クックが島を訪れた時には状況は一変し島民達は半飢餓の状態にあった。1822年にチリ領になったときには住民は111人しかいなかった。この島の海岸線にはモアイ像として知られる巨石像が立ち並んでいて巨石像崇拝の文化があったようである。昔は樹木が豊かに生い茂っていたが、今は草原と化している。僅か50年程の間に島の住民や文化が壊滅した謎は次のように説明されている。人々は競って石像を造りそれを崇拝した。石像を石切り場から海岸まで運んで立てるには大量の木材がいる。かくて島の樹木は切り倒され、豊かな表土は雨で洗い流された。食料の供給がままならぬ中で人口は増え続け、氏族間の抗争が続いた。ある時飢餓が襲った。そこへ疫病も蔓延した。人々は舟を作って島から脱出しようにも材料の樹木がなくなっていた。こうして僅かな期間で島は壊滅した。人口の爆発的な増加、民族紛争、宗教紛争、新型肺炎の蔓延、エネルギー資源の枯渇等々。現在の地球人類の前途を暗示しているような気がしてならない。

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2004.01.13

光の三原則は物理現象ではない

 中学や高校で光には赤、青、緑という三原色があってこの三つの色が混じり合ってさまざまな色を作り出すということを学んだ。しかし、実際はそうではなくて、色を見る側の人間の脳細胞の現象であるという話しを聞いて、物の見方についての新しい視点を提供して貰ったような気がする。例えば色盲と言われる人がいる。この人は色を識別する脳細胞の中に一般人とは異なる機能を持っているから違う色に見えるのである。発想の転換というか視点の相違でこのように物の見方も変わってきるのである。色盲の人を身体的な欠陥であると考えるか、一般人とは違った特別の素質をもった人と考えるかということでもある。世の中に天才と言われる人が稀にいる。これも考え方によれば色盲の人と同じように考えることもできる。人の能力は素質と環境に支配されるといわれるが、天才や色盲は素質の問題であろう。これは学習によって得られるものではない。このことを敷衍すれば、民族性や国民性についても当てはめることができよう。民族としてもっている素質というかDNAというかそのようなものがそれぞれの特異性を発現したものと考えることもできる。多様性に対する理解ができこれに基づいた寛容の精神が培われれば国際的な紛争はなくなると思えるのだが・・・・

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2004.01.12

中国の反日感情のいやらしさ

 首相の靖国神社参詣について、無礼な内政干渉を続ける韓国や中国はけしからんと思うがこのたび中国のあるホテルで東条英機が中国人民に膝まづいて謝罪している彫刻が展示されたという。東京裁判で断罪され処刑され、贖罪は済んで仏になった筈の東条英機が何故このような彫刻をつくられなければならないのか。
 民社党の岡田幹事長がわざわざ北京まで出かけて、靖国神社参詣に中国におもねる言辞を弄したり、マスコミがことさらに煽りたてたりするからこの様な彫刻が作られるのである。その責任は重大で日本国を得る売国奴にも等しいと思う。
 その彫刻の写真は下記のURLで見ることができる。
 中国の反日感情のいやらしさと靖国神社問題の根は深いと思うが、この彫刻を飾ったことに対して日本政府としても毅然とした態度で抗議すべきものと考える。
東条英機が中国人民に謝罪する彫刻

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2004.01.11

ワープロソフトに思うこと2

 オアシスが使える機種ということで、専ら富士通の機械ばかりを使ってきたのだが、プロバイダーはアットニフティーしか使ったことがない。初めてインターネットに接したのは富士通のオアシスSD6500というワープロであった。これは電話線と繋ぐと速度は遅いけれども、また接続出来るサイトに制限はあったけれどもインターネットとは何かを垣間見るのには効果があった。しかし、如何せんワープロ専用機種として設計されているので容量が小さくて開けるサイトが少なかった。しかもダイヤル式の電話回線で接続するのでスピードは遅い上に電話料金が嵩むという欠点があった。どうしてもコンピューターが欲しくなって富士通のFMV-BIBLOを求めた。OSはMeであった。このOSはXPが発表される直前のソフトであったため完成されたソフトではなくてバグを沢山抱えていたようである。SD6500の時プロバイダーはニフティーサーブとインフォウエブに加入していたので、こちらを使うことになった。この時、ニフティーサーブにはメールソフトがついていた。またアウトルックエクスプレスというメールソフトもついていた。結局ニフティーサーブのメールソフトは使わずしまいだったが、不便を感じたことがなかった。何故二つものソフトが搭載されているのか不思議に思った。

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2004.01.10

聞き屋

 昨日特報首都圏というテレビ番組をみていたら、「聞き屋」という聞きなれないことをやっている青年の紹介があった。繁華街で1セットの折り畳み机と椅子だけを道具にして店を開くのである。これも折り畳み式の小さな看板に「あなたの話したいことなんでも聞きます。無料」と書いて椅子に座っているだけであるが、20才~30才位までの若い男女が結構脚をとめて、この人の前に座り職場の鬱憤や自分が悩んでいることを訴えだすのである。長い人は1時間~2時間までも及ぶ場合がある。その間彼は自分の意見は言わないでただ相手に喋らせるだけである。相手の話しを引き出すために時々質問はするが、とにかく相手が喋るのを相槌をうちながらただ辛抱強くきくのである。喋る法も自分が喋るぐちやぼやきを聞いて貰えるだけですっきりするらしい。この聞き屋さんは漫才か落語を目指した人らしいが挫折したことがきっかけとなってこの奉仕活動(無償なので職業とはいえないだろう)を始め聞き手がなくて悩んでいる人の聞き役を買ってでて人の役に立つことをしたいと考えたらしい。「コミュニケーション貧乏」の時代に生まれた新しい役割だとある評論家が解説していた。現代社会の一面を垣間見た思いである。

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2004.01.09

ワープロソフトで思うこと(1)

 ワープロは知的生産には重宝な道具である。今からもう23年程前に始めてワープロに接した。当時、入力方式からみればキーボードタイプのものとペンタッチタイプの二通りの機種があった。活字人間、漢字人間であった筆者は表意文字である漢字を入力するにはペンタッチ方式のほうが、入力速度は圧倒的に速いだろうと思っていた。どちらの方式を取り入れるかを決めるにあたっては二通りの機種、富士通のオアシスとシャープの書院を実際に並べて、全くの素人に実際に入力させて見てどちらが扱い易いかの意見を聞いた。結果はキーボードタイプの方が扱いやすいという意見が多かった。この結論を意外に思いながらも従業員が扱い易いほうがいいだろうとオアシスを採用した。そのうちペンタッチ方式は店頭から消えた。爾来オアシス専門で過ごし、インターネットもオアシスが使える機種を求め続けてきた。ワープロもコンピューターが安価になり、ソフトも充実してくるとワープロ専用機が店頭から消えるようになってきた。今では日本語入力ではワードが圧倒的に多いようだ。ワードが扱えないと都合の悪いことも増えてきて遅まきながらワードの操作法を勉強しているのだが、いろいろと考えさせられることが多い。暫くの間このことに関して記録していくことにする。

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2004.01.08

中国社会の怖さ

 中国社会の暗部である怖さを宮崎正弘のメルマガから以下に引用する。
ロンドン「エコノミスト」誌(04年1月3日号)に依れば、中国東北地方で農業商社を営んで大成功を収めているサン・ダウゥ(音訳不明)社長が、突然、共産党の地区幹部に近くのホテルへ「昼飯でも一緒に食べませんか」と呼び出され、迂闊に入室するや警察に逮捕された。
 集団農業からプライベート農業で成功した有名実業家を妬む共産主義者の讒言によるとされるのだが、逮捕の数週間前にサン社長は北京大学へ乗り込み、共産党の農業政策をさんざんにこき下ろした事実がある。
名目的な逮捕理由は「非合法の前受金を受け取った」ことが犯罪とされ、昨年五月に捕まり、十月に裁判開始。 
「これは不当逮捕ではないのか」と連想集団の柳伝志ら若手著名企業かが反対声明を連署で発表し、ようやくこの事件は国際的に知られる。「連想」(リジェンド・コンピュータ)の柳伝志といえば、中国のビルゲーツ、いまや国際的有名人だ。
 中国の地方新聞は幹部の汚職摘発に熱心だが、こと共産党中央の政策となると絶対に批判したりはしない。
 それを新興財閥の若手経営者が堂々と行ったら、なんであれ、でっち上げの理由をつけて逮捕する。
これが共産党独裁社会において、党のコネがなくて大成功をおさめると周囲から疎まれ、自由な活動を展開しようとする企業家のたどる道のようである。

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2004.01.07

七草

 正月も七草粥の日になった。七種粥とも書き、古くは延喜式にも記述されていて古来日本の行事としてあったものである。一方中国にも七種菜の羹(しちしゅさいのかん)を食する類似した習俗があり、これが日本に伝えられたとする説もある。江戸時代に五節句の一つとして1月7日に行われることが定められた。七草には春のものと秋のものがあり、春の七草はセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロである。いずれも食用となる。だが何故か秋の七草のように新種は選ばれていない。
 秋の七草は山上憶良が「秋の野に咲きたる花をおよび折り、かき数うれば七種の花」と歌った七草として、ハギ、オバナ(薄のこと)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、アサガオ(桔梗のこと)である。
 文化年間(1800年頃)秋の新七草としてトロロアオイ、リンドウ、オシロイバナ、カラスウリ、ヒオウギ、ゴジカ、ユウガオが選ばれた。
 1935年にはハゲイトウ、コスモス、ヒガンバナ、イヌタデ、シュウカイドウ、キク、オシロイバナが新しく選ばれた。

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2004.01.06

中国の歴史認識批判

 小泉首相の靖国神社参拝にまた中国と韓国が内政干渉をしてきた。宮崎正弘のメルマガに掲載された読者の声を以下に引用する。
 (読者の声1)小泉首相の靖国参拝で、またもや中国、韓国、北朝鮮が激烈な批判をし、中止と謝罪を求めている。凡そ靖国神社は戦争の死者の霊を祭るところである。そして小泉首相の参拝もA級戦犯を祭るために参拝している訳ではない。あくまでも国家の犠牲になった兵士の霊を慰めるために参拝しているのである。
明治以来の慣習により確かに靖国にはA級戦犯の遺骨が安置されている。がすでに彼等は戦争責任の罪に問われ、絞首刑に処されているのである。A級戦犯に罪があったとしても、その罪は国際法廷の場で贖っているのである。また戦争被害による損失は、日本は戦後一貫して賠償や経済援助などで贖っているのである。
日本政府や外務省は戦後一貫してこれらの諸国に謝罪し続けてきた。それにもかかわらず中国、韓国、北朝鮮が何かとあれば靖国問題を持ち出し、日本に永遠の贖罪を求め続けることは、いわば国家間の平等で対等な関係を拒否し続けることを意味し、こういった度を越えた自国の優位性の主張や、不平等関係の継続維持を繰り返し強制することは国際的常識からみても極めて不当である。我々はあくまでもこの論理に立ち、論理を尽くして対処すべきである。  
(MI生)

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2004.01.05

申年

 今年の干支は申である。干支文化を共有している国は韓国、中国、日本であるが、面白いことに朝鮮半島には猿が棲息していないらしい。ところで猿のイメージについて韓国と日本では違いがあるのが面白い。韓国で人気のある長編テレビアニメに孫悟空があるが、韓国では孫悟空よりも間抜けの沙悟浄に人気があるらしい。才能豊かな勇ましい孫悟空の緊張感よりも間抜けの方に人間的味を感じるということらしい。日本文化が「締める文化」なのにたいして韓国の文化が「解く文化」の違いだと李御寧氏は言う。昔朝鮮半島に侵攻した豊臣秀吉は日本でも猿冠者と呼ばれている。秀吉は韓国では評判が悪く、猿は「すばしこい」「用心ならないといって日本人イメージと重なっている面もあるようである。しかし、これは悪口というより称賛の意味もあるのだと李氏はいう。猿真似というが、模倣は創造への一過程と見るのである。願わくば創造の年でありたい。変化自在の孫悟空こそが日本人の本質なのである。

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2004.01.04

門前の小僧習わぬ経を読む

 正月三日に3才の孫が遊びにきた。何故か仏前で蝋燭の火を消すのが好きである。火遊びで火事をだしては困るので目が離せない。マッチやライターは使わせないように注意しているが油断がならない。
 ところで、仏前で読経するところを見せてやろうと般若心経を唱えたところ、驚いたことにこの3才の孫がちゃんと唱和するのである。聞いてみると母親がたまに般若心経を記憶術の一つの方法とし唱して聞かせることがあるらしい。それを何時の間にかおぼえてしまったということのようだ。昔から「門前の小僧習わぬ経を読む」というが、この年頃の幼児の記憶力というか吸収力には驚嘆するものがある。考えてみれば、言葉を覚える時期であるから、お経のような意味不明のものであっても聞いていれば、自然と覚えられるのであろう。この時期に言葉であれ、音楽であれ、囲碁であれ覚えられるものは何でもその環境を整えてやるのが保護者の勤めであるということを痛感させられた。囲碁の手ほどきをしてやろうと何度か試みたがまだ、集中することができないので教えることができない。もう一年もすれば興味を示すようになるだろうか。興味を持って覚えだしたらたちまちのうちに実力は凌駕されることだろう。

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2004.01.03

竜馬が行く

 正月二日にはテレビで大型の歴史ドラマ番組が放映される。過去に豊臣秀吉、織田信長、徳川家康、宮本武蔵、大岡越前、赤穂浪士等を長時間にわたり視聴した記憶がある。合間にスポンサーのコマーシャルが入るのが目障りになるのを除けば概ね楽しめる番組である。
 今年は「竜馬が行く」を放映していた。午後2時から始まって24時まで実に10時間にわたっての放映であった。竜馬役は市川染め五郎が演じていた。小説も読んでいるので筋の流れは大体判っているが、登場してくる人物も多数で維新の歴史の復習をしているようなものであった。
 藩や身分を超えて日本ということを念頭において活躍した竜馬の天衣無縫とも言える人柄がよく描かれていると思った。32年間の短い生涯を一気に駆け抜けた竜馬の人生は、感動的なものであった。勝海舟役を演じた柄本明の演技もよく勝海舟の人柄を表現していると思いながら見ていたし、竜馬を取り巻く千葉道場の娘、家老の娘田鶴、寺田屋の女将,妻お竜、姉の乙女もそれぞれに味わいのある演技だったと思う。10時間も座っているのもなかなか疲れるものである。

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2004.01.02

エクセル

 正月は喪中でもあるし、静かにしていようと思った。一人静かに過ごすにはパソコン相手に新しい体験をしてみるのがよかろうと考えた。ソフトにエクセルというのがある。表計算のソフトで使い方によっては重宝なものである。オアシスでもカルクという名称でワープロの中にも取り入れられているのでどのようなことができるのかは知っていたし、ワープロで幾つかこのソフトを使って表を作ったこともある。オアシススーバーオフィスではオアシス1・2・3と名を変えて取り入れられている。
 オアシスを介さないで直接エクセルのソフトを操ってみようと大晦日から取り組んだ。一つ一つ操作法を確認しながら、試していくのはなかなか根気のいる仕事である。またヘルプと称する手引き書もなかなか煩雑な手順を踏まないと今知りたいアイテムになかなか到着しないし、こちらの知りたいことがずばり書いてあることは滅多にない。行きつ戻りつしながら、それでも何とか基本的な扱い方だけはマスターして試験的に作ってみた囲碁の会の戦績表も見栄えのするものに仕上げることができた。新しい技能を習得しようと挑戦しているときには時間の経過も忘れてしまっている。そんな元旦であった。

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2004.01.01

大晦日と新年

 大晦日になったので、義母の墓参りに行ってきた。門前には二日参りや初詣客を狙った屋台の店屋が開店準備におおわらわであった。およそ30軒近くも並んでいたであろう。飲食店が多い。たこ焼き、焼きそば、回転焼き、お好み焼きが多かった。稀に射的があったが珍しい。昔は玩具やお面、風車や笛等玩具類が多かったがIT時代を迎えてそんなものは相手にされなくなったから食べ物屋ばかりになったのであろう。
 昨日までに墓参りを済ませた人が多いのであろうか。墓地で掃除をしている人は一組しかみかけなかった。いずこの墓も綺麗に掃除されて雑草も引き抜かれ、花等が備えられていたが、たまに草ぼうぼうの墓もあり、周囲が清掃さているだけに余計に目立った。立派な墓であるにもかかわらず、草は伸び放題なのを見ると栄枯盛衰が如実に表れているようで感慨も一入である。
 昨年はイラク問題で明け暮れた感じの一年であったが、新年は果たしてどのような年になるのであろうか。紅白歌合戦を少しだけ見て格闘技の方へもチャンネル移動した。9時半には就寝した。服喪中の1年であった。

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