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2004年2月

2004.02.29

フロッピー

 コンピューターの進歩は秒進分歩の速さがあるようだ。何度も書くが、筆者はワープロからIT世界に入った。オアシスを使っていたので、PCもオアシスが使えるものがいいと考え、富士通のばかりを選んできた。^平成10年にはインターネットもできるというので、オアシスLX6500SDというのを暫く使った。その後、FMV-BIBRO NE5/600Rを求めてオアシス・スーパー・オフィスというソフトを乗せて使った。容量に不足を感じてFMV-BIBRO NB18Dというのを買って、XPのOSで使ってきた。何れもそれなりに重宝した。ところが必要があって6年程前の記録を調べようとして日記を保存してあるフロッピーを探し出してきて開こうとしたら開けない。フロッピーが2DDだったのである。幸いオアシスLX6500/SDの機種を大切に保管していたので開くことができたが、この機械を償却していたら折角の記録を読むことができないというはめに陥っていたのである。今やCDだと700メガ、DVDだと4.7ギガまでデータの保存ができることになっているが、これを使用していた機械も大切に保管しておかなければテ゜ータが読めなくなるということが将来起きるのではないかと心配している。新しい媒体が出現そる度に新しいメディアに今までに蓄えたデータを複写し直さなければならないということになりそうな予感がする。

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2004.02.28

弁護士の倫理観

 オーム事件の首謀である浅原に対する第一審の判決が言い渡された。予想通りの死刑判決であったが、今回の裁判では弁護士団の訴訟手続きの進め方や被告人の法廷での態度に世間のいらだちは増幅される一方であった。なかんずく12人にも及ぶ国選弁護士達の倫理観を疑わせる言説はこのような凶悪犯に対して12人もの弁護士をつけて8年もの長い時間を費やす必要があったのかという疑問が消えない。犯行の立証にさしたる関係はないと思われる瑣末な尋問を執拗に繰り返したり、一括審理を強制したりとどう考えても時間延ばしとしか考えられない弁護士達の弁護の仕方には怒りさえ覚えた。なかでも「本物の宗教家」と被告を持ち上げる弁護士も登場したりして世間の顰蹙を買った。第一審の判決がでたら直ちに控訴手続きがとられたが、なぜ控訴しなければならないのか世間には納得できない弁護団の行動である。世に三百代言という弁護士を揶揄した言葉があるが、今回の裁判を見ていて、黒をも白と言いくるめる厚かましさと己の倫理観に背いた言動をとらざるを得ない弁護士という職業の卑しさを知った。

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2004.02.27

生体認証

 ソフトバンク本社から450万人分もの大量の顧客個人情報が流出し、大きな社会問題になっている。そこで急に注目されだしたのが、生体認証という技術を使って、これら個人情報を管理する担当者と情報の保管室のセキュリティーを万全にしていこうという試みである。誰が何時個人情報を扱ったかが判るようにして万一情報が流失した場合でも流失ルートを追跡して犯人を容易に割り出せるようにするのだという。結局管理する人のモラルの問題に還元される性質のものであるが、プライバシー保護のためには万全を期したほうがよい。
 生体認証の技術はいろいろあるようだが、指紋が最も有名で古くから使われてきた。最近は顔そのものの特徴をつかまえて識別することも可能になってきた。両手掌の血管、目の虹彩、耳たぶの形状、歯形とその配列、頭髪のDNA等識別手段はいくつもある。日本の印鑑制度もやがて過去の遺物となってしまう日も近いことだろう。生活に後ろめたいことがないので、生体認証技術が各方面に取り入れられて知能犯罪が未然に防止されることはいいことだと思う。

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2004.02.26

生活の智恵

 NHKの試して合点という番組で革製品の手入れ法を科学的な実験結果も交えながら紹介していた。革製品の手入れには水洗い厳禁、アイロンかけ厳禁と思われていた。まず最初にスエード製品は摩擦すると繊毛のたっている部分がツルツルになり見かけが悪くなって使えないままにタンスの奥で眠っているケースが多い。ところがツルツルの部分を紙ヤスリで研いでやると元の形状に復元する。次に革製品が汚れた場合、十分水を含ませた布で汚れた部分を中心に革全体をこすってやると染みむらができずに綺麗にクリーニングすることができる。これは革は水に触れると色素が乾いた方へ移動するので革全体が湿るような状態で汚れを落とすと染みむらが発生しないという性質に着目した処理法である。最後にしわになった革製品は高熱のアイロンで圧力を加えながら処理するとしわも綺麗に伸びるのである。この時、水分があると失敗して革を殺してしまう。熱と水が同時に加わると革は化学変化を起こしてゼラチンに変質してしまうのである。日常生活も科学すればこのように面白い発見がある。昔の人が経験から編み出した生活の智恵である。

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2004.02.25

おかしな夢とIT化社会

 昨夜おかしな夢を見た。書斎においてあるプリンターから新聞が音をたてながら印刷されてでてくるのである。しかも家のプリンターはA4サイズだからそれに合わせるような編集がしてあり、印刷された紙面を並べると新聞大の大きさになるのである。毎日の日課として朝の読経と部屋の掃除を終えると最初にするのが玄関へ新聞をとりに行ってから約2時間ほど丹念に読むことにしている。またこの時間にこの日記に記すネタを探すことも多い。そんなこともあって新聞が配達されるのを期待している気持ちがある。この気持ちが潜在的に働いてプリンターが自動的に当日の新聞を印刷するという夢になったのであろうか。
 同窓会の幹事をしていて案内状を発信したがEメールで済ませた人が35名もいた。郵送した人は僅か15人ほどであった。齢65歳を超えなんとしている学友達がいつのまにかEメールができるようになっていたのである。これが10年程前はタイピングできる仲間は数える程しかいなかったのに隔世の観がある。IT化社会を身近に感じた一日であった。

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2004.02.24

普遍性と特殊性、絶対性と相対性

 イラクの戦後の混乱をどう見るかについて普遍性と特殊性という視点に絶対性と相対性という視点を加味して考察すれば納得できる解が得られそうな気がしている。アメリカの社会はデモクラシーの原理で動く社会だから価値相対主義が普遍性を持つ原理だとアメリカ市民は考えるだろう。一方イラクの社会はイスラム教という一神教が日常生活に溶け込んでいる社会だから価値絶対主義が普遍性を持つ原理であるとイラク人は考えるだろう。イラク人からみればアメリカ人はデモクラシーという特殊性を信奉する人々だと思うだろう。アメリカ人はイラク人はイスラムという特殊性を備えた人々だと思うだろう。この本来相いれない主義と原理を持ったものが対峙しているのだからイランの混乱はそう簡単には収まらないだろう。普遍性と特殊性の調和、相対性と絶対性の調和。これは至難のことである。妥協以外にはこの混乱は収まらない。

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2004.02.23

人を説得する難しさ

人を説得することは難しいことだ。往々にして自分流の価値観の押しつけになっている場合が多いからである。そこが価値相対主義を前提とするデモクラシー社会の物事を決めるにあたって手続きと時間がかかる理由である。我が意を得た下記の西尾幹二氏の発言をインターネット日録の中から引用しておく。 
【自分が高い知性をもち、相手が低い知性をもつ、そういう前提に立って相手を説得出来るとおもったら間違いです。見かけは説得された風にみえても、そういうやり方では相手の心をつかむことは出来ません。
 人を説得するには、自分が自分の信念を愚直に語り、誠実に行動することです。利口ぶった、人を指導する意識をもたないことです。そういう姿勢に心をひかれ、胸を打たれた人だけが本当に説得されるのです。
 時間はかかりますが、ほかに人間の心を変える方法はありません。相手を操って、相手の心を動かすことはできないと言っていい。】

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2004.02.22

芥川賞雑感

 史上最年少の若い女性が同時受賞ということで今回の芥川賞は話題をさらった。広告の見出しを見ると凄い内容らしい。今回に限らず芥川賞や直木賞受賞作品は大抵読むようにしている。今回も文藝春秋をいつもの調子でついでの時本屋へ立ち寄って買えばいいと思っていた。雑誌が発売されて一週間ほど経ったときたまたま本屋の前を通ったので文藝春秋を探した。いつもであれば雑誌コーナーに山積みされている筈なのに今回は一向に見当たらない。店員に聞くとカウンターに二冊程残っている筈だという。カウンターでようやく手に入れることができた。ところが読んでみてがっかりした。何でこんな作品が賞をとるのだろうかという驚きと選考委員達の見識を疑いたくなるような内容だったからである。最近の若い世代の野放図な性風俗を描写しただけのものでありあたかもエロフィルムを見させられているようなものである。文学とは社会的な規範や道徳観に反することを書くことが創造であるとでも勘違いしているのではなかろうかという疑問ばかりが残った。

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2004.02.21

写真の見方

 物の見方にはいろいろな視点がある。百年史の編集をしていて扱いに困るのが集合写真である。年代が違うと写真に写っている人物の氏名が全然判らない。そこで一計を案出してメーリングリストに氏名を鑑定して貰いたい画像のURLを明示してみた。早速回答があった。克明に氏名を書きつらねてある。ところがどうも知っている人の顔と氏名が一致しない。説明には左からと注記がついている。もう一度順を追っていってみた。判ったことは鑑定をしてくれた人は写真に写っている人の立場から説明しているのである。従って写真を見る人の立場からは正反対の配列になるのである。
 通常写真の説明には写真を見る人の立場から順番をつけるのが常識だと思うのだが、この鑑定をしてくれた人は写真に写っている人の立場から順番をつけているのである。
 前提条件が変われば結果も変わるということが、日常生活の中にもこんな卑近な例として現れることにしばし考えさせられた。

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2004.02.20

核拡散を踏みにじる中国

 以下【】内は宮崎正弘のメルマガの引用である。切り抜き代わりに記録しておく。
【ボルトン国務次官、やんわりと北京で抗議
  核拡散防止を踏みにじる中国に新しい制裁措置はあるか?
 中国の条約破りはいまに始まったことではない。
 パキスタンのカーン博士の自供とリビアが提出した証拠書類によって、中国が核技術を方々の「やっかいな」国々へ供与していた事実が明るみに出た。
 中国は93年に核拡散防止条約に調印、96年には総合的核実験禁止条約に調印、97年には化学兵器禁止条約を批准した。
 しかし中国はミサイル技術管理体制(MTCR)には加わっていない。これは無人宇宙航空兵器および300キロ以上の射程、500キログラム以上の爆薬を搭載出来るミサイルおよびミサイル技術の輸出を管理するシステムだが、中国は「その精神に賛成」と言うのみ。
 今回、訪中したジョン・ボルトン国務次官との協議でも中国側は「大量破壊兵器の拡散には十分な注意を払っている」とするステーツメントを発表しただけである。
 李肇星外交部長は17日の記者会見で、この件について「中国政府も高い関心を寄せている」と無責任は言葉を言い放ったが、設計図の出所、経緯についてノー・コメントだった。】

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2004.02.19

歯間ブラシ

 予定されていた治療日だったので歯医者へいった。今日もまた麻酔を打ったうえでの治療かなと思っていたら、歯の状態を観察していた医師はもう少し歯茎の様子を観察しよう、今日は歯石・歯垢の除去をしましょうということで、看護婦に任せて他の患者の方へ行ってしまった。任された看護婦は歯石を除去の作業に専念した。暫く歯と歯の間に蓄積した歯垢をドリルで削り落としていた。作業が終わって口をゆすぐと黒っぽい血が吐き出された。やがて手鏡を渡して口内を見えるようにして歯ぶらし、歯間ブラシ 、フロスを使って歯の手入れを指導してくれた。ブラシは歯そのものを磨くよりもむしろ歯茎の肉質の部分を軽くマッサージすることの方が大切なのだという。歯茎から血が出るのは気にしなくていい。むしろ鬱血を出してやった方がいいのだという。又歯間ブラシを使うとこれまた血が沢山でるが悪い血がでるのだから出した方がいい。歯間ブラシを毎日使っていると一週間くらいは血がでるがそのうち出なくなると言った。今待ての常識がひっくりかえった。血がでるのを警戒して歯茎はブラシで磨くことは意識的に避けていたのだ。又、歯と歯の間に歯間ブラシを通してゴシゴシする等とは考えも及ばなかったことであった。歯間ブラシを使用すると口の中がさわやかになることも新しい発見であった。

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2004.02.18

三大帝国時代

 現在の世界は三つの帝国によって動かされているという捉え方ができるのではなかろうか。アメリカ、EU、中国の三つである。EUはヨーロッパの国々がアメリカ風の連邦を作り出したという程のものである。歴史上の帝国はナポレオンにしろヒットラーにせよスターリンにせよ必然的に外へ向かって勢力や版図を広げようとするが、アメリカはとEUは領土を広げようという野心はないようだ。しかし、経済的な利権を確保しようとして自由と人権を旗印に他国内に踏み込んでまで干渉する。テロに対する戦争だという大義を用意する。
 今一番警戒しなければならないのは中国である。チベット、台湾、ウイグルなど実質的には独立国として機能しているしそのほうが自然だと思われるのにこれを頑強に拒否し独立運動を弾圧して反省するところがない。北朝鮮が瓦解した時最も警戒しなければならないのは中国がこの国を吸収しやがては韓国までもこれを自国の勢力下に置こうと覇権を求めてくることである。これは当然に予想されることである。

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2004.02.17

中国の覇権主義に警戒が必要

 隣国中国の「経済発展」に目を奪われて草木もなびく有様である。とくに経団連の会長(トヨタ奥田碩氏)自らが新幹線の売り込みに行く姿からは、かつての’政治のご意見番’の気概と見識を見ることはできない。上から下まで利己主義と拝金思想とが大手を振ってまかり通る感じである。
 こうした拝金と利己の思考には、ごく初歩的な地政学的常識さえも欠如してしまうのであろうか。この数年間の中国の動き方は、チベット、ウイグルへの侵略はもとよりベトナム、ビルマへの侵食や南シナ海南沙群島の領有化紛争そして尖閣諸島への示威行動と進み、日本列島周辺の海域調査まで我が物顔で版図拡大を狙うさまが明らかである。核とミサイルの技術は中国発で後進の専制政治国へ流れ、自らはいっそうの軍備増強を図っている。農村の貧困など内なる難問は海外からの”人道援助”ODAなどを要求する道具にすらされているのではないだろうか。

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2004.02.16

強制連行という史実に反した造語

 北朝鮮と日本の政府間協議が開催されたが拉致家族問題にはなんの結論もだされいずじまいで終わった。北朝鮮側は第二次世界大戦中に日本は朝鮮人を強制連行して日本国内で就労させたと主張したと伝えられている。しかしこのことは史実と違っている。「強制連行」という言葉事態が政治的意図で作られた用語にすぎない。今日本にいる朝鮮人の多くは、仕事を求めて自ら日本に来た朝鮮人の子孫である。但し、大東亜戦争末期の数カ月間は徴用令で本土にきた朝鮮人がいた。彼らは当時「日本国民」として大東亜戦争を戦っていた。徴用令に従うのは国民としての義務を果たす行為であった。これを強制連行と表現する用語自体が悪意のある政治的意図を持った造語にしかすぎない。ここのところをしっかりと弁えておかないと北朝鮮の揺さぶり戦略に翻弄されることになってしまう。このあたりの事情を調査研究した「植民地朝鮮の研究/謝罪するいわれは何もない。」杉本幹夫著(展転社)という本があると聞いた。是非読んでみたい。

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2004.02.15

ある見方

以下は森田実氏の評論の一節の引用である。
「日本では7月に参議院議員選挙が行われる。この参院選は日本の行く末を決める重大な国政選挙である。
 ここで小泉自公連立政権が信任されれば、恐ろしいシナリオが予想される。
(1)日本の米国への属国化がさらに強まる。
(2)ファッショ的な小泉・竹中金融政策が暴走し、日本の金融は破綻する。デフレ不況はさらに深刻化し、国民の生活水準は低下する。日本国民から奪われた国富を小泉内閣はブッシュ政権に献上する。この金が米国民のための減税と米国の軍事政策の戦費として使われる。そしてこの状態が恒常化する。
(3)自公両党によって憲法が公然と踏みにじられる政治が常態化し、憲法第9条が空文化する。もしもその上で憲法改正が行われれば、日本は米国の属国と化し、従米軍国国家となるおそれがある。
(4)公明党・創価学会が政権内部の中核勢力となる。その結果、政教分離原則(憲法第20条)は空文化する。」
 被害妄想気味な評論ではないかという気がする。

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2004.02.14

政治家の節操

 自民党ではイラク派遣の国会承認に関し、党議決定に反して欠席したり、棄権した加藤元幹事長、古賀元幹事長、亀井元政調会長ら3人に対して戒告の処罰を安倍幹事長より電話で通告し3人ともあっさり受け入れたという。党議に反してまで反対したのだから当然処罰される前に離党するのが政治家の節操だと思うが。 一方、衆議院予算委員会で民社党は首相の映画鑑賞やオペラ鑑賞を批判した。2月10日には木下厚議員が首相は与党議員とだけしか会食しないと批判したが、それではと首相から招待を受け木下厚、中島義活、松野頼久、中津川博郷、三井辨雄が嬉々としてこれに応じ、オペラ談義、映画談義にうち興じたと報道されている。国会の場ではカメラを意識して視聴者向けのこわもての質問をしておきながら夜の密室では和気藹々と馴れ合いの会合をしているのである。政治家の節操について深刻に考えさせられる報道であった。政治家に節操がなくなれば国民にそっぽを向かれる。そのことを真剣に考えている政治家が果たして何人いるのだろうか。

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2004.02.13

日本の汚職

 辻元元議員に対する公設秘書詐取事件の判決がでた。社会党の議員として鈴木宗男の疑惑を国会で追求していた舌鋒の鋭さには瞠目するものがあったが、自らが公金詐取という罠にはまってしまった。
 昨日国会の予算委員会で民社党の河村委員が法務省の名古屋刑務所皮手錠問題から始まり、医師の名義貸し事件、国税長の税務所長再就職集団斡旋問題、特殊法人の天下り官僚の退職金、報酬問題,北海道の警察の裏金事件、内閣官房の機密費問題等の疑惑を追求した。脚で調査した資料を突きつけての追求だけに迫力があり、答弁にたつ閣僚、高級官僚ともにたじたじではぐらかしの答弁に終始していた。こういう場面をみていると政治家や官僚世界には汚職や汚職とまでは言わないまでも公私混同の事案か如何に多いかを窺わせるものであった。権力の座や権力の威を借りる立場に立つ人達には如何に誘惑が多いかも推測させるものであった。日本に限らず権力機構には汚職と利益誘導は常にまかりとおっているのが現実である。だからといって真似をしていいということにはならないのだが、上がそうだからとこういう風潮が民間にも及ぶのが恐ろしい。

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2004.02.12

日本文化

 日本文化は泥の文化である。泥の文化とは農耕型の文化であり、草食動物型の文化になる。攻撃的にはなりにくく調和安定指向の行動特性を示す。聖徳太子の頃から和を以て尊しとなす国民性が強い。今までに多数の日本文化論や日本人論が行われてきた。曰く恥の文化。縦社会の人間関係。長期雇用と年功序列。甘えの構造。縮み志向。察して貰える社会。集団主義。武士道精神。和魂洋才。島国文化。海洋文化。単一民族国家。貴種崇敬。皇室崇敬感情。多神教。皇国史観と自虐史観。平和主義
 思いつくままに今までに語られてきた日本についての特色を説明するために使われてきたキーワードを並べてみただけでも上の如くである。中西輝政氏の国民の文明史は縄文型と弥生型の歴史の繰り返しであり、瞬発適応力と換骨奪胎力が日本文化の特色であると説く。泥の文化説、農耕型社会説、中西説はあい通じるものを持っており分かりやすいと思う。

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2004.02.11

石・砂・泥の文化

 世界の文化を石、砂、泥に分けて考えてみる視点は面白い。西欧文化圏の国々は石の文化であり、牧畜のために広い土地が必要となり、外へと広がっていこうとする。砂の文化は植物の育たない過酷な環境の中で耐えていかなければならない。ここでは遊牧が主体になり移動しているから他部族と出会う機会も多いが基本的には血族しか信用できない。泥の文化は農耕が主体になるから天の恵みに感謝し地縁社会と共存の道を選び天を敬う気持ちが育まれる。
 石の文化、砂の文化は共に一神教である。神は絶対だから排他的になり戦闘的になりやすい。泥の文化は多神教である。神がどこにでもいるし多様な神だから一つの神にこだわらない。
 パレスチナ、イスラエル、イラク内で頻発する数々のテロ。米軍に対するイラク人の反発。ブッシュ大統領はキリスト教原理主義者である。石の文化の一神教の申し子が自己流を砂の文化の中で実現しようと考えるからまとまりがつかなくなってしまう。泥の文化の申し子である日本の自衛隊は戦わない集団であるからイランの安定化には予想外の活躍をしそうな予感がある。

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2004.02.10

日露戦争開戦記念日

 2月10日は百年前に日本がロシアにたいして宣戦布告した日である。この戦争は朝鮮・満州の支配権をめぐって義和団事件後も満州に居すわるロシアは日本の国益を害するところ大なるものがあった。日本は英国と日英同盟を締結したうえで2月8~9日に仁川上陸、仁川沖及び旅順港の奇襲攻撃に続いて発せられたものであった。結果は大国ロシアに日本が勝って日本の近代化は一挙に押し進められる契機となった戦争であった。
 当時のアジア地域は何れも欧州列強の植民地として白人種に虐げられており、東洋人が近代において初めて白人国家に勝利してこれら被支配国の政府や国民に多大な勇気と励ましを与えた事件であった。戦争は決していいことではないが、東京裁判史観の呪縛から逃れることができずひ弱な国になっしまった日本はこんな時にこそ、日露戦争の持つ意義についてまじめに考えなおし評価してみる必要がありそうである。わが国固有の四島を第二次世界大戦終末に僅か一週間の参戦で四島を占領してしまって返還しないロシアの汚いやり口に思いを致す日でなければならないと思う。

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2004.02.07

プロとアマの相違

 ここのところ、コンピューターのいろんな機能を試す作業の毎日である。動きが遅いことからディスククリーンとディスクデフラグという機能を使ってみることになった。そして今回はリカバリーディスクの登場である。ウインドウズMeを搭載した機種の方が終了時にうまく作動せず、エンドマークがでないで砂時計が何時までも消えない。仕方なくて強制終了にしてもビジーのための待機になってしまい、なかなかエンドマークがでない。ヴィールスに何回も襲撃されたことがあるので、ワクチンで撃退したものの何らかの影響があったのではないかと考えてリカバリーディスクを使って振り出しに戻したのである。ところが、復旧を終えてインターネットとメールを設定しようとするのだが、これが繋がらない。手引き書は日本の法律と同じであっち行けこっち行けの記述が多く判りにくい上に多種多様の機種の説明を一冊のマニュアルでまかなおうとしているから書いてある説明と実際の画面がことなっており、説明通りに進めることができない。忍従の待ち時間のあとやっと繋がったサポートセンターの係員の指示に従って機械を操作するとものの1分もかからないうちに繋がってしまった。仕事とはいえやはりプロは違うなと感心することしきりである。

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2004.02.05

ディスクデフラグ

 最近コンヒ゜ュータの動きが鈍いので色々調べてみるとディスクデフラグという手続きとディスククリーンという手続きのあることを知った。先ず、ディスククリーンをやってみたがこれがまあとてつもなく時間のかかる手続きであった。砂時計がちかちか動いて画面が明るくなったり暗くなったりしているので、何か作業をやつているらしいが作業進行率表が表示されないので、どれだけ時間がかかるのか判らない。就寝中も作業をやらせることになってしまった。概略一昼夜かかってしまった。次にディスクデフラグという手続きをしてみた。これは細切れになってディスクに蓄えられた一時ファイルを連続したファイルに纏めることらしい。そしてファイルを圧縮して空き容量を増やす手続きのようである。この手続きはディスククリーン程時間はかからなかったけれども莫大な時間が費消されることには変わりがない。ひとつひとつ新しいことに挑戦していっているのだが、コンピューター用語というのは分かり難い用語が多すぎる。

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2004.02.04

麻酔

 歯の治療をした。右側の上の奥歯であるが、詰め物がとれてしまったのである。医師は6割り方抜かなければならなくなるかもしれないと言っていたが、治療に先立ち可能な限り、抜かない方法で治療して欲しい旨懇願しておいた。医師も基本的には意向に添えるようにしたいと思っているが、とにかく歯の現物を実際に削って観察してみないと断言できないということで治療が始まった。ガリガリ歯を削られるなんとも言えないあの嫌な感覚と痛さを覚悟していたが、局部麻酔を打ってから歯を削りだした。実際に治療を受けていると全然痛みを感じない。「今神経を除去しています」といいながらガリガリ歯を引っ掻いていることは音で判るのだがこれも全然痛くない。内心助かったと思った。体も硬直しないでゆったりと構えていることが出来た。1時間程の時間であったが、虫歯の患部を削り取り神経を除去するだけで本日の治療は終了し、2週間後に経過を観察したうえて゛抜歯するかしないかを判断するという。麻酔薬の進歩と歯を削る電気メスの進歩のおかげで痛い思いをしないで済んだ。何か得したラッキーな気分である。

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2004.02.03

節分

 節分とは季節の移り変わる時、即ち立春、立夏、立秋、立冬の前日のこと。特に立春の前の日のことを意味する場合が多い。この日の夕方柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立て、鬼打ち豆と称して、炒った豆を撒く習慣がある。と広辞苑には説明している。豆を撒く習慣はよく知られているが、柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立てる習慣については初めて知った。それほど身近な行事ではなくなってきているのだろう。
 豆は悪霊災厄を追い払うという意味を持つ。狂言に節分というのがある。節分の夜に蓬莱の鬼がやってきて、小唄を歌いながら女を口説く。女は妻になると偽って隠れ笠、隠れ蓑、打出の小槌を持って、「福は内、鬼は外」と豆を撒くので鬼は退散する。この時の女の約束は豆を蒔いて芽が出た頃祝言をあげようということであったが、炒り豆であることを知らない鬼は女の約束を守って、じっと豆が芽をだすのを楽しみに待ち続けたという。何となく日本の鬼はユーモラスである。こんなところにも日本人の国民性が表れていると思った。

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2004.02.02

大学センター試験

 大学入試センター試験の世界史の問題に【第二次世界大戦中、日本への強制連行がおこなわれた】という言葉が使われていた。これに対し、新しい教科書を作る会の東大の藤岡教授等が強制連行という言葉自体が日本を糾弾するために新しく作り出された造語であり、すべての教科書に記載されているものでもない。それをあえて出題したのは問題であり、この出題は取り消して採点しないようにと主張している。そして公開質問状に対する大学入試センターの松浦功事業部長は「入試問題は高校生の使っている教科書に準拠して作成する。教科書に載っていればよいので、史実に基づいているかどうかは検討していない。」とのことであったという。
 この役人の回答は自らが確固たる歴史観をもたず事なかれ主義で文科省の逃げ口上と同じ回答をした。一独立行政法人に過ぎない大学入試センターが史実の検証とは無関係に出題することの危険性にまるで気がついていないことが現在の教育の荒廃に通じていると思う。

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2004.02.01

捕虜の交換

 イスラエルとレバノンのヒズボラが捕虜の交換に合意した。ヒズボラとはレバノンのイスラム教シーア派の民兵組織である。驚くことは交換される捕虜の数である。ヒズボラが解放する捕虜の数が4人であるのに対して、イスラエルが解放する捕虜は495人である。この中には死亡した者も含まれるから生還者の数は1人対436人になる。数の面から見れば圧倒的にイスラエル側が不利な数である。しかし、よく考えてみるとここにイスラエル政府の国家観と国民保護にかける意気込みがよく表れていると思う。ローマ帝国に国を滅ぼされて2000年間世界中を流浪していた民族が1948年に建国した。その間の亡国の民の苦しさは国民の誰もが肌身にしみて知っているのだろう。従って、自国民であればどんな犠牲を払ってでも救出しなければならないという価値観を持っているのであろう。
 パレスチナ解放戦線とは連日のように血なまぐさい争いを続けているが、自国の国民を守るためという気概には瞠目するものがある。これだけ自国民を保護しようとする国家に対しては国民もそれに答える愛国心を示すのであろう。北朝鮮の拉致家族を何がなんでも救出しようという気概のない日本国政府の弱腰をみるとき考えさせられる事件である。

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