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2004年7月

2004.07.31

ゴルフその3

 毎日暑い日が続いていて動くのも億劫になるが、そこを押して涼しいうちにゴルフの練習場へ通っている。一度動きだすと先程までの億劫さもけしとんでいる。ネットへ向けて球を打つが届かない。打球がそれているかといえばそうではない。このところ三日続けたので球筋はいい。ついつい10年も20年も昔の頃の打球と比べている自分がいるのに気がついた。昔の感覚で打っていたのでは打球がネットまで届く筈がない。それが加齢に伴う体力の減退ということであろう。そう考えると気が楽になった。ゴルフの醍醐味はドライバーショットで豪快に飛距離を伸ばすことにあるのは言をまたないが、体力がなくなってきたらそれなりの対処の仕方があるだろう。細かく着実に刻んでいっても上がった時のスコアがよければいい。それががゴルフというゲームである。こう考えると練習の仕方も変わってくるというものである。
 そうは言っても百発百中同じ球質の打球がでるとは限らない。ちょっとしたグリップの違い、腰の回転、目の位置など条件を少しずつ換えてみて最も良い形を体に覚え込ますのが練習というものだろう。と考えられるようになった。

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2004.07.30

交通道徳

 【今日的中国】というサンケイ新聞のコラムに中国の交通道徳のことを取り上げていた。上海では今、リストラにあった国営企業の職員を交通係の補助として大量に採用し、中国民衆が交通規則を遵守するよう取り締まりを強化しているという。上海でも交通信号を守る人は少なく交通事故が頻発しているという。赤信号でさえ無視して道路を横断する歩行者が多いので彼等に注意するのがこれら交通係補助員の仕事だという。この記事を見て、この事情は大都市だけでなく中国全土的にも同じことが言えると思った。甘粛省の武威市に宿泊した時、丁度交差点が見下ろせる位置の部屋があたった。夕方のラッシュ時間に窓から交差点の人の動きを観察していて、交通信号を守っている人が皆無であるのを見て驚いたものである。信号が赤でも車も人もどんどん突っ込んでいき、奇妙なリズムができて無秩序の中にも人の流れや車の流れが自然とできて全体が動いているのである。ある感動をもってこの動きをみていたのであるが、2008年にはオリンピックで多数の外国人が中国を訪問するだろうが、このような交通意識のままではオリンピックの開催国になるには時期尚早だと思ったものである。

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2004.07.29

中国の安全意識その2

 中国への渡航は成田から北京経由西安までを中国東方航空に乗った。離陸に先立ち非常時の安全についての説明があった。その説明は座席の前方に幾つか設置されているテレビ画面に救命胴着の使い方やエアーマスクの使い方が映し出されていた。飛行機には何回も搭乗しているので、救命胴着の装着方法やエアーマスクの使用法は判っているつもりだが、テレビでの説明を注意深く見ていた。そこでおやと思ったことがある。
 通常どこの航空会社でも客室乗務員が通路に立って、救命胴着やエアーマスクの実物を手にして、アナウンスに従い実演して見せるものである。ところが、今回の東方航空ではこれがなかった。テレビ画面で放映されているのだからそれを見れば充分という考え方であろうが、事安全に関することだから念には念を入れすぎてもやりすぎということにはならないと思う。
 そんなことを感じたものだから昨日書いたモーターボートに救命胴着が用意されていないことが、大きな驚きとして印象つけられたのかもしれない。中国社会の安全意識という問題は今後も注目していきたいと思っている。

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2004.07.28

中国の安全意識

 中国甘粛省で劉家峡ダムの船着き場からモーターボートに約50分乗って、柄霊寺石窟の見学に行った。この時同行の観光客18名がボートに乗り込むと満員になった。小さなボートであるから座席に腰をかけると動くこともできない程の窮屈さである。旅先での用心のために船に乗る時は必ず救命胴着の所在を確かめることにしている。今回も最初に救命胴着を確かめた。ところが驚いたことに何処にも用意されていないのである。更に驚いたことに船長は安全についての注意はひとこともしなかった。
 昨日も書いたが重慶市での日本人観光客に対する嫌がらせ等のことも考えると2008年北京で開かれるオリンピックは時期尚早ではないのかという気がしてならない。ホスピタリティーと安全意識の欠如は世界の観光客を多数迎えるにはあまりにも致命的な欠陥である。
 訪問する度に中国四千年の歴史には感心させられることも多いがまだまだ遅れている点も多数発見して愕然とすることが多すぎる。

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2004.07.27

中国の反日感情

 サッカーのアジアカップが中国の重慶で行われているが、中国人観客の一部に反日感情を露に表現する大人げない行動があると新聞が伝えている。反日感情
これは江沢民の愛国心高揚運動に反日が利用されたとの説もあり、国内に沢山の矛盾を抱えた国家がとる常套手段で国内の問題から目を海外にそらせる政策の現れとみたい。
共産党独裁体制の国だけに言論、人権の蹂躙はなんとも思っていない国だから恐ろしいものがある。また国際信義をないがしろにする国であることは釣魚島での国際条約を無視した最近の行動にも現れている。
市場経済原理を取り入れて経済成長を遂げている国だが各所に矛盾が表面化してきているのであろう。
少なくとも台湾、チベット、新疆ウイグル自治区は中国から独立した方がいいと思う。

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2004.07.26

始業体操

 夏休みには子供達がラジオ体操のために広場へでかけていく風景がよく見られたものだが、最近はあまりみかけない。個人の自由を尊重するという建前から団体としての規律や行動はあまりうるさく云わなくなったのかもしれない。
 それと対極的に写ったのは中国の朝の風景である。空が白みはじめると街角の広場にはどこからともなく湧いてくるように人々が集まってきて太極拳の運動が始まる。これはめいめいが思い思いに運動をはじめる。手に扇子を持っていて見栄を切る人もいる。たまたま会社の始業時間に広場へ集まって始業体操を始めている光景に何回も遭遇した。表示するのは武威市内の雷台で郵便局の職員達が揃いのユニフォームで始業体操をしている光景である。

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2004.07.25

最近痛快な話

 福井県の水害の見舞いとして、宝籤の二億円当たり券を匿名希望でポンと差し出した奇特に御仁がいた。匿名で寄付したところがいい。差し出し人の住所は架空のものであったという。最近欲得づくの忌まわしいニュースが多い中で一服の清涼剤を飲んだような痛快なニュースである。

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中国のトイレ事情

 中国へ旅行すると泣かされるのがトイレである。経済発展の凄まじい沿海地方ではかなりこの辺りの事情は変わってよくなったようだが、今回の河西回廊の旅ではいろんなトイレを経験した。
 内陸部とはいえ、漸く経済成長の波が押し寄せ新しいビルが建ち並び初め、あちこちにクレーンが建ち並び目下建設中のビルが多かった。このような新しいビルでは清潔で綺麗なトイレが備えられている。そしてホテルは概ねどのホテルも水洗式で清潔であるが、問題なのは観光地のトイレである。個室の仕切りがないニーハオトイレである。日本でも50年前にはごく普通に見かけたトイレで汚れていることが多い。果物を市場で買ってよく洗いもしないで皮ごとほうばって失敗した。我慢出来なくなって楡林窟で飛び込んだトイレは金隠しもついていない昔懐かしい板に穴が開けてあるだけのものであった。

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2004.07.24

司法取引

 曾我ひとみさんの家族も日本へ帰ってきて、ご同慶の至りである。問題は夫のジエンキンズさんが脱走米兵であり、米国が訴追することは確定的であることである。このことについては米国の立場は充分理解できる。世界の警察官をもって任ずるアメリカは国法を犯したものをどんな正当理由があるにせよこれを不問に付することはできない。ジェンキンス氏の場合敵前逃亡であり、利敵行為までしている国家反逆罪の最たる御仁である。いくら同盟国日本からの懇請があるといえども感傷や同情、共感だけで片づけられる問題ではない。それが国法というものである。

 日本人の少なくとも筆者の世代の日本人の美意識としては、彼が妻子とともに日本で余生を平穏に過ごそうと思うなら、潔く自己の罪状を認めて刑に服す覚悟を表明する必要があると考える。

 そこで日本人には理解の出来難い司法取引という概念が出てくる。刑の減免を自己の持つ情報と引き換えに勝ち取ろうというのがその根本思想であると思うが契約社会の面目躍如たる制度だと思う。日本人にはなじめない考え方であるが、米国、日本双方にとってこの制度をうまく活用することは、日本人の好きな大岡裁きになるであろう。ベーカー大使の炯眼が後世の歴史で語り継がれるであろうと予測しておきたい。 

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ゴルフ雑感

 学友達とゴルフをした。実力互角なのでチョコレートを賭ける。負けてはならじと競り合うから面白い。仕事の利害が絡む接待ゴルフではないから自由にプレイを楽しみ、良いスコアがでたと喜び、ミスショットをして腐るなどするのも良いものだ。
 ところで、最近のゴルフはスパイクレスのシューズでないとプレイ出来ないゴルフ場ばかりである。スニーカーでプレイできるからスパスクのついたシューズは二足も倉庫の片隅に追いやられたままである。そしてキャディーなしの電動カートを使うことが多い。しかもこのカートはボタン一つで動いてくれ、軌道の上を通るからハンドル操作の必要もない。途中の売店は自動販売機だけが置いてある。ゴルフ場経営も人件費の削減のために随分様変わりしたものである。そしてコース途中のエスカレーターなども光電管がついていて人が近づけば動きだす。海外でも日本程自動化、機械化の進んだゴルフ場はないと思う。海外でのプレーはハワイ、台湾、イギリス、オーストラリアでしか経験がないが、日本程コースの手入れが行き届いていてしかも機械化されたゴルフ場の例を知らない。

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2004.07.23

河西回廊の旅の整理

 毎日暑い日が続いている。河西回廊の旅の紀行記がやっと完成した。いつもは海外旅行を終えると現地でメモした手帳を基に記憶の鮮明なうちに日記を綴ることにしている。できるだけ克明にということで事実関係を中心に折々の感想や印象等を思い出すままに記録するのである。これを後日資料として用い、削除、修正、加筆してホームページにアップしたり、寄稿したりしていた。普通はこの作業は三日間程で終了する。ところが今回はこれに二週間を費やしてしまった。
 理由は簡単である。写真を文章中に多数取り込んで絵日記風の構成を試みたからである。今回は莫高窟を初めとして石窟の見学が主体であったから、仏像や絵画は百言千言を費やしても他人に判るように説明することはできない。写真を添付すれば意は尽くせる。そう考えたものだから、当初仏像や絵画だけに限定して画像を貼り付けていた。しかし作業を進めるうちに、それ以外にも状況の説明にも写真を貼り付けた方が判りやすいことが判った。そんな訳で予想外の時間を費やす結果になってしまった。

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2004.07.22

ゴルフの特訓

 朝起き抜けに近くのゴルフ練習場へ練習に行った。今日で三日続いている。明日久々に寮友と共にプレーすることになっている。あまりみっともないスコアを出すのも癪なので及ばずながら特訓に励んだという次第だ。
 第一発目は理想的な打球が飛んでいった。その調子と第二球を打つが今度は当たりそこねの打球。肩に力が入ったのが歴然としている。色々と打ち方を変えてみながら納得のできる打球が連発できるようにと練習を繰り返してみるが、百発百中同じような打球は続かない。いい打球のでた時の体の動きを脳に記憶させようと動作を繰り返してみるが一寸した加減で全然打球が変わってくる。基本的な体の動きができていないから一寸した変化でがたがたに崩れてしまうようだ。考えてみれば正式にレッスンプロについて練習をした覚えがない。見よう見まねで我流のフォームが出来あがってしまったようだ。特訓とはいいながらまだフォームの調整をしているということだから練習をしたという安心感だけのためのものなのだろう。後は本番でリラックスできるかどうかだけである。

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2004.07.21

ひきつけ

 今朝目覚めて伸びをしようと手足を伸ばしかけたら急に左脚のふくらはぎ当たりに激痛が走った。所謂ひきつけが発生したのである。体を横にしたままで伸びをしようとしたことが原因であることは最近の経験則で判っている。一旦引きつけが始まったら進行を最小限に抑えることが大切である。よく言われることにひきつけた方の脚の親指を関節の曲がりと反対方向に押し上げてやればいいらしい。だが変な具合に体を動かすと現在進行形の痛みがますます大きくなりそうで体を曲げて脚の親指を掴むことが難しい。ただひたすらじっと動かずに痛みが和らぐのを待つしかない。この脚の引きつけというのはどのような仕掛けで発現するのであろうか。一度科学的に究明してみたいと思っている。
 それでも朝起きたときに思い切り手足を伸ばして背筋を正すのは気持ちの良いことである。しかし、最近ではひきつけがよく発生するので屈伸をする前に体の構えを正しておいてからでないと恐ろしくてできない。何かうまい方法はないものだろうか。

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2004.07.19

簡体字

 シルクロードの旅で中国語をもっと勉強しようという意欲が旺盛になってきた。旅行中も街の看板を眺めながらその意味を考えたり、頻繁に使用されている簡体字の原字はどういう字だろうと推理したり字引で確認するのは楽しい知的遊戯である。ところが台湾と違って現代中国語は極端に原字を簡略化したものだから、この簡体字が禍してなかなか思うように解読できない。例えばよく使う文字に機という字があるがこれが中国語では机となる。また雲が云になる。
 表記しようとしても日本の辞書にないような漢字だから始末におえない。簡体字を一度原字に戻してそれから新たに簡体字として覚えなければならないから余計に時間がかかってしまう。表意文字としての漢字を読む癖がついているから発音するにしても原字を想いだしながら発音しなければならない。そういう手間はあるにしても慣れてくるとこれが結構楽しい頭の体操になる。
 次々と新しい講座を勉強していくよりも一度学習した講座のテキストを繰り返し録音した音声を聞きながら反復復習することのほうが効果のあることに最近気がついた。次回中国を訪問する時にはどれくらい喋れるようになっているだろうか。

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2004.07.18

曾我ひとみさんの帰国

 NHKのテレビニュースを見ていてこれはおかしいと思ったことが二つある。
 
 その一つはチャーター機の機内食の公開である。ファーストクラス級の食事でその種類たるやキムチを初め和食、洋食とりまぜて数十種類に及ぶという。まさに王侯貴族の食事ではないか。政府の怠慢で長年苦労をかけたというお詫びと慰労の意味があるにしても、機内食の内容まで公開し報道する必要性があるのだろうか。かたや新潟では洪水に見舞われ泥水の中で家財を失い困っている人達が沢山いるというのに・・・・マスコミの覗き趣味と政府のこれみよがしの偽善を良識ある国民は見たいとは思わない筈だ。

 その二はチャーター機を仕立てて曾我さん一家を治療目的で日本に連れてくるのはいい。納税者としては大変な費用がかかるだろうな、それも税金でまかなわれるのか、政府の怠慢のつけだからそれも仕方がないだろうと思っていた。ところがである。このチャーター機はJALとANAが競争入札でお互いに1円の入札価格をいれ、JALに落札決定したという。そして結局5万円で今回のチャーター便はJALに落札したというのである。誰がどう考えてもこの不当な廉価はおかしいと思うのではなかろうか。競争入札であるから政府御用達の看板のために敢えて出血受注したとしてもこれが違法であるとは言えないのかもしれないが、純朴なる納税者はこういう発注の仕方には裏に不純なものがあると思えて仕方がない。

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酒泉と霍去病

 河西回廊の重要な拠点都市に酒泉というのがある。この酒泉という名前と結びついた西域の英雄が霍去病である。
 生年不詳~BC117年の人で前漢武帝の武将である。武帝の皇后衛氏及び大将軍衛青の姉の子で18才のとき、天子の侍中となり騎射をよくした。前121驃騎将軍となり、春夏二回出征して武勲をたて、その秋、匈奴の渾邪王が漢に降るにつけ、これを収容して手柄があった。このとき味方の大勝利を喜んだ武帝は霍去病に褒美の酒を与えた。しかし大軍の兵士に行きわたる量ではなかったので、彼は泉に頂いた酒を入れたところ泉は濃厚な酒の香りを放ち、その美酒は尽きることなく湧き出たという故事がある。
 この故事にちなんだ地名が酒泉であり、酒泉公園にはその泉が今でも残っており、清らかな水が湧き出ている。商売上手な中国人のことであるから「酒泉」をブランドにした地酒があるかと思ってガイドに聞いたりして探してみたが、その名の酒はまだ造られていないということであった。

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2004.07.17

RFA

 ジェンキンスさんが治療のために日本へ来ることになった。北朝鮮には帰らない意志を固めての訪日である。日米の間で人道的見地から治療行為中は身柄の引き渡しは求めないとの合意ができたようである。アメリカの立場から言えば、逃亡兵をそのままにして責任を免除するというわけにはいかないのはよく判る。ここはベーカー大使のいうようにジェンキンス氏が出頭して司法取引をしてアメリカの顔もたてるという解決が一番うまい方法だと思う。本人が言っているように曾我ひとみさんは「ややこしい人生」になってしまったものだ。
 ところでRFA(自由ラジオアジア)というラジオ放送があって、アメリカから北朝鮮にも朝鮮語で世界の事件や出来事を放送している。言論統制の厳しい北朝鮮でも脱北者らが媒介して北朝鮮内でもこの放送を隠れて聞いている人達が増えてきているという。北朝鮮による日本人拉致の事実も最近ではこの放送がソースとなって北朝鮮国内でも広く知られるようになっているという。金正日王朝の自滅の日も近づいているのは間違いないようだ。

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2004.07.16

旅の記録の整理

 旅をする度にその記録を整理し日記を書くことを常としている。記憶の生々しい中に書き綴っておこうと思うからである。この旅の日記を加工して後日色々な創作が生まれる。
 いつもは三日もあればこの作業は終わるのであるが今回はちょっと事情が異なり意外に手間取っている。原因は敦煌の莫高窟の文化遺産にある。見学した様子を記録に残すにしても、仏像や壁画が主体になるので文章だけでは説明し辛い。そこで写真を添付しておこうと考えたのである。ところがこの作業が意外に時間を取られるのである。窟の中は撮影禁止であるから写真画像は一枚も撮ることができなかった。そこで現地で買い求めた解説書に収録されている写真をスキャンして使うことになる。著作権の問題も生じるであろうから出典も明記しておかなければならない。現地人の手になる下手な日本語の解説を意読するのにも時間がかかる。単なる日記であれば感じたままに書き流せばいいのだが、整理ができたらウエッブサイトにもアップしようと考えているからことが面倒になる。そんなわけで今旅の三段階目の楽しみを満喫しているところだ。

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2004.07.15

西域開拓の偉人

 河西回廊の旅の余韻が残っている。中国語ではシルクロードのことを絲綢之路と表記する。日本では絹の道と書くが、このユーラシア大陸を横断する壮大な東西交易路に「シルクロード」の名前を初めて冠したのは19世紀のドイツ人地理学者のリヒトホーヘンであった。このシルクロードは東西の交易路としての重要性の他に仏教がインドから中国へ伝来した道としても大きな意味を持っている。日本にも知られている中国人だけでも張騫、霍去病、法顕、玄奘、竺法護、鳩摩羅什等と枚挙に暇がないほどであるが、ここでは張騫の数奇な経歴を見てみたい。
 武帝は北方騎馬民族の匈奴の背後にいる月氏(現在のアフガニスタンを版図としていた)と同盟を結ぼうとして張騫を派遣したのであるが、彼は匈奴の国を横断するときに捉えられて囚人生活10年の後に脱獄し月氏の国に到着する。その後月氏は匈奴と戦う意志をなくしていて月氏と軍事同盟を結ぼうという試みは失敗に終わる。帰路またもや張騫は匈奴に捕まってしまうが、再度脱獄して13年振りに郷土へ生還したのである。現代の感覚からは信じられない程の執念と忍耐である。

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2004.07.14

実見した黄河

 中国の歴史は黄河の流域で始まった。天井河であると中学生の時社会科の授業で教わった。世界史の授業では黄河の流域にはヨートンと称する穴倉で生活する人々がいると教わったことがある。5年程前に北京、洛陽、西安とめぐったツアーでは洛陽の近くで黄河の流れを実見しその色が黄色なのでなるほどと納得したし、ヨートンなる穴の中で実際に生活している老婆の家庭を訪問し、ヨートンがどのようなものであるかを知っていた。
 地図上で黄河の流れを追跡すると蘭州周辺で大きく北行し内モンゴルを巡って再び華北平野を南下してくる理由が理解できなかったが、今回蘭州上空で黄河の流れを眺めた時、山々を縫って蛇行する俯瞰図でやっとその理由を納得することができた。水は高い所から低い所へ流れていくという単純な法則に従っているだけなのである。そして蘭州市内を貫流する黄河の色が茶色もしくは紅色なのに感動を覚えたものである。
 そしてまた蘭州郊外の山々の横腹に幾つもの穴が穿たれているのがヨートンの名残りであることも理解することができた。

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2004.07.13

文化と墓

 奈良のキトラ遺跡で発見された人骨と歯の科学的な鑑定から、被埋葬者の年齢が推定された。そしてまた壁に描かれた壁画が剥落しそうなので剥がして補修することになったと報じられている。漆喰を剥がして補修するとは大変な技術である。どんなふうにするのだろうか興味のあるところである。
 ところで、このような記事に接すると古代の文化は殆どその全てと言っても良い程に、墓と結びついていることに気がつく。墓がなければ我々はその当時の文化に接することはできなかったであろうと思われる。エジプトのピラミッド、メキシコマヤ文明のピラミッド、中国の秦の始皇帝の兵馬よう、ヨルダンのペトラ遺跡、今回の敦煌の莫高窟にしてしかりである。
 霊魂不滅の思想のもとに権力者が巨大で豪華な墓を営んだのであろうが、何れも何らかの形で盗掘の被害を受け、観光客に踏み込まれて静かなるべき墓の中は白日のもとにさらされている。もし死者の霊魂が不滅とするならば墓に埋葬された人達はどんな思いでいるのた゜ろうかと思いながら過ごした今回の旅行であった。

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2004.07.12

河西回廊の旅

 7月2日から河西回廊の旅をしてきた。昔長安と呼ばれた西安から敦煌まで飛行機で飛び、河西回廊を西から東へ逆行するコースである。敦煌では莫高窟、西千仏洞窟、安西楡林窟を駆け回った。これらの窟は西暦366年から約1000年にわたり作り続けられたものである。五胡十六国、東晋時代と言われた頃から元、明に至る時代まで営々として窟の中に多数の仏像が彫り続けられたものである。明、清時代には仏像の修復も行われた。何れも芸術性の高いものばかりでその数には圧倒される。
西域経営の拠点となった陽関、玉門関で東西交易と人の往来を偲び、主要なオアシス都市である 酒泉、帳えき、武威、蘭州で史跡を渉猟した。砂漠の中の1000㎞をバスで駆けめぐったが連日30度を超える高温にも関わらず湿度が低いせいかさしたる苦しさは感じなかった。
中国の沿海部と内陸部との経済格差が言われているが、やっと今地方にも開発の波が押し寄せたという感じで地方都市は何れも古い住宅が解体され近代的なビルが建ち並び初めていた。内陸部の都市は今まさに普請中という印象である。
蘭州を貫流する黄河は天井河とも言われるがその水が真っ赤な色をしていたのは驚きであった。

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2004.07.01

外来語の言い換え

 6月29日に国立国語研究所の「外来語委員会」が第3回目の外来語言い換えの提案をした。今回の提案数は33語であるが、筆者がその意味を日本語で云えるかどうか一つずつ試してみた。

 言い換えられなかった言葉は次の通りである。アカウンタビリティー、カウンターパート、コンプライアンス、セーフガード、セットバック、デジタルデバイド、ハザードマップ、パブリックインボルブメント、パブリックコメント、プレゼンス、ユニバーサルデザイン、リテラシー、ロードプライシング実に13個にも及ぶ。

 これらの言葉を日本語に置き換えて言われればなるほどとその意味は理解できる。例えばユニバーサルデザインは万人向け設計となる。表意文字の持つ巧みな表現である。これらの外来語は現代用語の基礎知識等の字引で調べてみないと意味や概念の判らないものばかりである。

 しかしながら委員会の示す言い換え案であると全ての外来語は字引をみないでも直ちに理解できる。委員会の今回の提案を全面的に支持したいし、美しい日本語を守り育てていくためにも安易な外来語の生表記は慎むべきだと思う。

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外来語の言い換え

 6月29日に国立国語研究所の「外来語委員会」が第3回目の外来語言い換えの提案をした。今回の提案数は33語であるが、筆者がその意味を日本語で云えるかどうか一つずつ試してみた。言い換えられなかった言葉は次の通りである。アカウンタビリティー、カウンターパート、コンプライアンス、セーフガード、セットバック、デジタルデバイド、ハザードマップ、パブリックインボルブメント、パブリックコメント、プレゼンス、ユニバーサルデザイン、リテラシー、ロードプライシング実に13個にも及ぶ。これらの言葉を日本語に置き換えて言われればなるほどとその意味は理解できる。例えばユニバーサルデザインは万人向け設計となる。表意文字の持つ巧みな表現である。これらの外来語は現代用語の基礎知識等の字引で調べてみないと意味や概念の判らないものばかりである。しかしながら委員会の示す言い換え案であると全ての外来語は字引をみないでも直ちに理解できる。委員会の今回の提案を全面的に支持したいし、美しい日本語を守り育てていくためにも安易な外来語の生表記は慎むべきだと思う。

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