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2004年10月

2004.10.31

情報の錯綜

 イラクで日本人旅行者香田証生さんという若者が武装勢力に拉致されアルジャージラのテレビ画面にその姿が現れて騒動が始まった。第一報を見たとき何でこんな時期にイラクへ物見遊山気分で入国したのかという疑問が湧くとともに馬鹿な男だなと思ったのが第一印象であった。続いて家族の会見なども放映されたが、流石に自衛隊を直ちに撤退させて欲しいというような身勝手な発言がなかった。前回の高遠はじめ5人の騒動の時、世論の顰蹙を買ったことを踏まえての発言であったと思う。
 
 個人的な感想としては、若気の至りで馬鹿なことをしでかした青年は覚悟の上で、入国したのであろうから殺害されても致し方なかろうと思う。しかし、できることなら無事救出されて欲しいとは思う。しかし、マスコミや政府が過度に大騒ぎする必要はない。昨日の東洋人らしい遺体の発見報道に基づく誤報はあまりにもお粗末である。乱れ飛ぶ情報の真偽を冷静に確かめる姿勢がこれからの世界には必要だと思った。それにしてもザルカウイ一派の残酷なテロ行為は憎んでも憎みきれない悪魔そのものである。

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2004.10.29

中越地震と日本人の気質

 中越地震発生から早くも1週間が経過したが、未だ余震が続き、多くの被災者が避難生活を余儀なくされている。
 聞きしに勝る被害状況は痛ましい限りである。
 衷心よりお見舞い申し上げるとともに、早く余震が落ち着いて元の生活に戻れるようにと祈るばかりである。

 テレビの報道でも被災地の様子が必ず報道される。その際、インタビューに応じている人達の態度や避難所で生活している人達の態度がさばさばしているのに、驚かされることが多い。これが中国や韓国、北朝鮮その他の外国であれば泣きわめき、我が身の不幸を訴える取り乱した姿が多いのに対して、日本人のこのあっけらかんとした態度は何故だろうと考えることが多い。農耕型民族が自然に対峙してきた祖先から受け継いだ民族的なDNAなのだろうかと思ったりする。

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Don`t put of till tomorowo what you can do today

Don`t put of till tomorowo what you can do today.これは中学生の頃、好んで用いた英語の格言である。大体、日常生活はその都度処理し明日へ先送りしないよう努めているが、コンピューターに対峙して何か新しいことに挑戦している時など、ついつい些細なことを先送りして夢中でキーを叩いていることがある。

昨日は気になっていた百年史編集経費の半年毎の精算をしなければと作業にとりかかった。半年分の領収書を集めて集計するのだが、領収書の欠けている月がある。机の上に積み重ねられている書類や手紙やメモを丹念に調べていくと探していた領収書はその中からでてきた。と同時に同窓会や同好会の案内書もでてきた。見ると何れも開催日は既に経過している。返信をしていないものもある。多分、案内は相当前に受信している筈なのだが、まだ先のことだからそのうち手の空いた時に処理すればいいと軽く考えて机の上へ放置していたのであろう。そのうちそんな手紙がどんどん増えていつしか忘却の彼方へ飛んでいってしまったのである。加齢とともにこういうことはよく起こるであろう。面倒くさがらずにその都度予定表にすぐ書き込むようにしなければならないとつくづく思った。

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2004.10.28

香田さん拘束のビデオ

  イラクで拘束された香田さんのアラビア語入りのビデオを見ることができる。(10/28AM)
  
他にも沢山あるがこれでも見られる。(10/28am)

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生命力

 兵庫県北部の豊岡市が台風23号の被害を受けた惨状が報道されたのは僅かな期間で、ニュースバリューの点では、これを上回る大地震が中越地方を襲い、大きな被害を受けた。引き続く余震に被災地の皆さんは今も苛まれている。お気の毒なことである。早く余震が収まって元の生活に戻れるようにと祈るばかりである。

 そんな中で昨日午後、土砂崩れで崩落した岩塊の間に挟まれた乗用車の中に母親と二人の幼児が閉じ込められていて、しかも生きているのが発見されたというニュースが流れ、救出作戦が始まった。NHKでは番組を変更してこの救出作戦の長時間にわたる実況放送を開始した。他の民間放送局もいずこも特別番組で実況放送を始めた。殆どの放送局が実況放送を競争のように流し続けたのに一寸奇異な感じを受けたのは私だけだろうか。

 それはさておき、長男の優太君が意識のある状態で無事救出されるという奇跡にも近い朗報が目の前で放映された。四日間二才児がよく小さな命の灯火を灯し続けたものとの感慨一入であった。母親をなくした強運の優太君が健やかに成人することを祈るばかりである。

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2004.10.27

イラクで邦人人質にされる

 イラクで日本の青年が武装勢力に拘束される事件が発生した。

 政府は、この男性をイラクに滞在中の福岡県直方(のおがた)市出身、香田証生(こうだ・しょうせい)さん(24)と確認した。政府は、香田さん解放に向けた対策を急いでいるが、自衛隊撤退の要求には応じない方針だ。当然の措置だと思う。

 NHKの報道を見ているとホリデーワークでニュージーランドへ行っていた男で世界を放浪しているようである。アンマンから危機意識もなく気軽にバクダッドへのこのこでかけたようだ。こんな馬鹿な男に大騒ぎする必要はないと思う。自己責任で危険な国へ入国したのであるからそれなりの覚悟はあった筈である。同情の余地はない。マスコミが大騒ぎするのはやめて貰いたい。

 それにしても武装勢力の卑怯なやり方には憤りを感じている。

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2004.10.26

戦後60年

 今年は日露戦争開戦100周年に当たり、来年は大東亜戦争終戦60周年に当たる。60年という歳月は歴史的事実を再評価するにも適度な時間の経過だと思う。日露戦争が白色人種の支配に呻吟していたアジアの諸民族に対して有色人種の日本人が果敢に挑戦しこれを打ち負かせて有色人種に希望を与えたという側面と日本が欧州列強の植民地になることを免れたという意義を持っていると思う。このことも最近は評価され始めている。

 大東亜戦争についても自虐史観で戦争の悪しき面のみがいたずらに強調されて、大東亜戦争の掲げていたアジアの諸民族を欧米列強の支配から解放して大東亜共栄圏を建設するという理想は顧みられることが少なかった。しかし60年という年月は、この大東亜戦争を評価し直すには適当な年月の経過であると思う。戦勝国側で秘匿していた外交文書なども日の目をみるようになり、新しい史料も発見されている。国民の歴史を読了して大東亜戦争のことについて客観的に学習しなおす必要があるなと思うようになった。

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2004.10.25

中越大地震に見る日本人の民度の高さ

10月23日に中越地方を襲った地震の被害は日が経つにつれその大きさに日本人の誰もが驚いている。
読売新聞
先ずは被災地の皆さんに衷心よりお見舞いの言葉を捧げたい。

テレビや新聞で報道される被害地の惨状にはあまりにも痛ましく目を覆いたくなる程であるが、ただ一つ救いになるのは、被災地でどさくさに紛れた火事場泥棒や集団略奪の報道が皆無であり、ボランティアの人々の善意の活動があちこちで始まったことである。これらの報道には救われる思いがしている。

つい最近もイラク戦争の時、見られたイラク人住民による公共施設からの略奪行為の情けない映像が心に焼きついているだけに、今回の地震に際しての日本人の民度の高さを誇らしく思う。

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中越大地震

 10月23日夕方、中越地方を襲った地震は日が経つにつれその被害が甚大であったことが次々に判ってきだした。
被害の状況

その日、筆者は夕方のニュースをテレビで見ていた。その時、揺れを感じ避難の体制に入ろうとしていたが、揺れも収まった。テレビでは早速地震情報を伝えだした。この点実に速かった。津波の虞れはないということ。震源地は新潟県十日町周辺ということがたちどころに報道された。そのうち新幹線が脱線したという報道もなされた。これは相当大きな地震だなという認識をもったが、当面自分のみの廻りでは被害もないので大して気にも止めていなかった。ところが時間が経過するにつれ大災害であったことにびっくりしている次第であるが、今回の地震で日本人の民度は高く、相互扶助の精神が脈々として民族の底流に流れていることに感銘を受けた。
第一にどこの町や村からも火事場泥棒のニュースが流れなかったこと。そして、はやばやとボランティアの人達が救援活動に動きだしたことは心温まることであった。これが、アメリカや中国やイラクであったらまずどさくさに紛れて住民達による略奪のニュースが流れるだろうに。それが皆無であることに救われる思いがしている。

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2004.10.24

雅楽2

 雅楽についてインターネットで調べると次のような記事があった。

雅楽の解説

「雅楽」という言葉は、俗楽に対する「雅正の楽」という意味をもっており、大宝令(701)で創設された雅楽寮(うたまいのつかさ)で所管された外来の音楽と舞を指していました。現在、雅楽という言葉は狭義ではこれら外来の音楽と舞(管絃・舞楽)のみを指す場合が多いのですが、正式には日本古来の音楽や舞(国風歌舞)や平安時代に新しく作られた歌曲(催馬楽・朗詠)を含めた総称を「雅楽」と呼びます。

 雅楽寮に始まるこれら雅楽の伝承は、現在の宮内庁式部職楽部(くないちょうしきぶしょくがくぶ:重要無形文化財団体指定/総理府技官)に至るまで、1200年以上も形を変えることなく綿々と受け継がれています。また、現存する合奏音楽としては世界最古と言われており、その音楽的あるいは歴史的価値が高く評価されています。

管絃(かんげん)
 楽器だけによる合奏形式の雅楽

舞楽(ぶがく)
 合奏に舞を伴う形式の雅楽

歌曲(かきょく)
 催馬楽(さいばら)・朗詠(ろうえい)などの平安時代に作られた歌曲

国風歌舞(くにぶりのうたまい)
 神楽歌(かぐらうた)・東遊(あずまあそび)など日本古来の歌舞

雅楽

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2004.10.23

雅楽

 『雅楽とは「俗楽」に対する言葉で正当の音楽を意味します。この意味で雅楽と呼ばれる音楽は中国や朝鮮にもありましたが、その音楽そのものは日本の雅楽とは全く別のものです。日本の「雅楽」は日本古来の歌と舞、古代のアジア大陸から伝来した器楽と舞が日本化したものおよびその影響を受けて新しくできた歌の総体で、ほぼ10世紀に今日の形に完成した日本の最も古い古典音楽であります。主として宮廷、貴族社会、有力社寺などで行われてきましたが、現在では宮内庁の楽部が伝承する雅楽がその基準になっています。』これは宮内庁で発行している雅楽についての案内書の冒頭の定義である。
 秋晴れの一日、抽選に当たったので皇居内の楽部で演奏された雅楽を鑑賞する機会を得た。一時間半程の時間であったが、日本の伝統文化を生の形で実見したのは貴重な体験であった。きらびやかな衣装を纏って笙、篳篥、龍笛、高麗笛、神楽笛、箏、琵琶、鉦鼓、太鼓の奏でる単調なリズムの音楽は雅びそのものではあるが、再見したい程魅力のあるものではなかった。白州に組み立て椅子を並べた見物席では抽選に当たった初老、熟年の人達およそ五百人が珍しい雅楽に熱心に聞きほれていた。

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2004.10.22

獅子身中の虫となるか金正男

 いよいよ北朝鮮の崩壊が始まったとみるべきか。金正男が体制批判のメモを残す。

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もう一人いたアンネ

 ナチスの迫害を受けながら若い命を落としたアンネ・フランクの日記は涙なしには読めないがこの度、強制収容所で日記を書いていた別の若い女性の日記が発見された。

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国民の歴史②

 日本の歴史を学ぶ場合、大和朝廷の位置や年代について魏志倭人伝の記載が大きな影響を与えてきた。邪馬台国の卑弥呼が3世紀末に実在したという前提にたっていろんな推論がなされてきた。

 しかし著者は卑弥呼は中国の歴史書に記載されてはいるが中国の正史自体がそもそも信用に足るものかと疑問を投げかける。そして中華思想に凝り固まった正史に付属する【野蛮な国の言い伝え】という位置付けの資料を第一級の歴史資料と評価して推論する日本古代史の研究家の態度にも疑問を投げかけている。

 この視点は指摘されれば確かにそうだとうなづかされるものを多く含んでいる。確かに歴史資料ではあるが、第一級のものと評価すべきものではないというのは同感である。むしろ、古事記、日本書紀に記載された資料をもっと別の視点で掘り下げる必要があるのではないかという気がしている。

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2004.10.21

国民の歴史

 今、西尾幹二氏の国民の歴史を読んでいる。新しい歴史教科書を作る会の会長をしているニーチェ学者であるが、歴史を見る視点が斬新で目から鱗という感じを受ける箇所が随所にでてきてうならされることが多い。

 例えば、ユーラシア大陸の西端に位置する西欧と東端に位置する日本とは世界歴史の軸になっているという発想。日本の古代文化は中国の文化の模倣だという通説にも疑問をなげかけて、中国大陸と対峙しながら冷静に対処し、換骨奪胎しながら日本化していったという所論。中国には西欧や日本に見られる荘園制の時代がなかったという所論。いずれも浩瀚な学識と読書量に支えられて例証をあげながらの立論にはうなずかされることが多い。

 秋の夜長に分厚い著作を歴史年表や歴史地図を傍らに置いて参照しながら、時間を気にすることなく読みすすんでいくのは実に楽しいことである。

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2004.10.20

環境庁が熊の実態調査開始

 各地で熊の被害が報道される。襲われた人達も気の毒だが人里まで餌を求めて降りてこざるを得ない熊達も可哀相である。熊を殺さずに人間と共棲できるうまい智恵はないものか。環境庁が実態調査に乗り出した。

 例えば台風で落ちた果物類を捨てるのではなく山奥の熊の棲息地へ運搬して、腹を空かせた熊達が人里に降りてこないようにするような手だては考えられないものだろうか。

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上手に年をとる

 濡れ落ち葉、亭主元気で留守がよい。という川柳があるが、昨日河川敷でゴルフを楽しんだ人達は何れも、息子や娘に店を譲った商店街の隠居達である。健康を保ち上手に老いていくことを願っている賢い人達である。

 三時間半も待つのではたまらないから帰宅して、ハーフコンペの成績を計算して表彰式をしようということになった。飲酒運転はできないので、一旦車を自宅に置いて再び町内会の会館に集まることになった。商店街であるから自宅は指呼の距離にある。この町内会からは筆者宅は相当離れているので、自宅まで一台の車に同行して貰い、自分の車を置いてから待機して貰った車に便乗して会場へ駆けつけた。僅か千円の会費であるが、幹事がスーパーマーケットで弁当、飲み物、つまみ等を用意して楽しい懇親会となった。みなそれぞれに地域に役立つボランティア活動をしている。
 
 当日、当番で学童の登下校のアンゼンパトロールをしたため参加できなかった人も合流しての懇親会であった。地域と密着して老後の時間を楽しく健康的に送っている人達と仲間になれたことは有意義な一日であった。

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2004.10.19

河川敷コース

懇意にしている畏友のHさんから誘いがあって、多摩川の河川敷に川崎市が管理しているゴルフコースへ行った。通常のゴルフ倶楽部と異なって、電話や手紙による予約は受け付けない仕組みになっている。プレーする人が揃って、当日ゴルフ場へ出向き、8時の受け付け開始で手続きが始まる。9ホールしかない小さなコースなので多人数になると1ラウンド廻れないこともある。そこで6時半にゴルフ場へ集まり、雑談をしながら受け付けが開くのをひたすら待つことになる。やっと時間になってプレーすることができた。8時50分のスタートになってしまった。フラットなコースでプレーはしやすいコースだ。快晴のもと周囲の高層ビル群を眺めながらプレーするのもまた異なった風情があっていいものだ。やっと9ホールのプレイを終えて次の予約をとるとなんと3時間待ちということになってしまった。天候に恵まれて近郊のシニア達が押しかけたからである。流石に3時間半耐えて待つことはできないということで衆議一決してハーフプレイだけで引き揚げた。しかしプレイ費が4000円弱とは他のゴルフ場にくらべれば破格の値段である。

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2004.10.18

動物の生命力

 飼い猫の体調がよくなくて、餌を全然食べなくなった。16年近く飼っているから老猫である。ただうずくまって寝ているか、じっとしているだけである。鳴き声もださなければじっと病苦と戦っている様子がいじらしくさえある。

 老齢だから死期が近づいたのかなと静かに見守っていたところ二日程して餌を僅かながら食べるようになった。三日目には元の食欲に戻って元気を取り戻した。

 この様子を観察していて、動物は自然回復力を備えていて投薬しなくてもきちんと快癒するものだなという感慨一入である。

 人間も動物であることにかわりはないので徒に投薬に頼るのでなく、自然回復力に任せたほうがいい場合もあるのではないかと思った。

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2004.10.16

熊に襲われる被害

  今年は猛暑で山の果実の実りが少なかったせいか熊が各地に出没して被害が続出している。目撃者の談によれば「よほど山には食べ物がないんだろうな。お腹を空かしているようだ」というのが多い。そんな時、今朝のNHKニュースで捕まえた熊を20㎞離れた山奥に連れて行って離したと報道された。その際、人間世界に近づくと怖いという意識を植えつけるために唐辛子スプレーを嗅がして放逐するという。そして無線発信機を熊に付けて行動範囲を追跡調査するともいう。人間と熊との棲み分けを真剣に考えようという試みである。

 また熊を殺さずに撃退する唐辛子スプレーも売り出され売れ行きも好調という。熊達には受難のシーズンであったが、はやく冬眠の時期を迎えて山奥で過ごし、人間に殺されないようにと願うばかりである。

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誤解の原因

 世の中の誤解というのは、使っている言葉の意味をそれぞれに違った風に理解していて、そのことが原因になっていることがおうおうにしてあるものである。

 一昨日のT君とのメールについてのトラブルも煎じつめればT君がCCの意味を彼独特の理解をしていたことに起因することが判った。Eメールを扱う人なら常識とも言えるCCとはcarbon copyのことであり、BCCとはblind carbon copyのことであるが、面白いことにT君はこのことをご存じなかった。

彼の理解はCCは名宛人と同列の意味合いで発信するものだと理解していたらしい。筆者とのトラブルがあってCCの意味を字引でいろいろ調べたらしい。しかし、昔の字引にはccはcarbon copyであるとの説明は書かれていない。Eメールの手引き書には最初に書いてあることなのだが、何故か彼はそのことに気づかないか忘れてしまったのであろう。筆者からの説明でやっと納得できたという。

このように世の中の誤解や不和の原因は言葉の意味を自分勝手に理解していることに起因するものが結構多そうである。

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2004.10.15

初歩的なミス

 個人的に開設しているサイトと百年史用に開設しているサイトとも写真をアップロードすると容量を消化して許容限度一杯に近づいてしまった。そこで無料サービスのホームページ用サーバーを探し出して登録した。そしてこのサイトで推奨するHP作成ツールとFTPもインストールしてテストしてみた。

 概ね作業は順調にすすんだが、どうしても二枚の写真だけがでてこない。いろいろ方法を替えて何回かチャレンジしたができなかった。半ば諦めかけていたのだが、ふとファイル名に使用禁止文字とか全角を使っているのではないかということに気がついた。ファイル名を確かめてみると間違いなく見た目は半角で記入されている。しかし、念のためと再度半角で打ち直してトライしてみると今度は見事に二枚の写真を開くことができた。
 
 半角で打ったつもりのファイルの中にそうでないものがあったということである。初歩的なミスほど見つけにくいものだ。

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2004.10.14

球技の日本語訳試案

 先に外来語の言い換え例のことについて述べたが、日本人は外来語をそのままカタカナ表記にする悪い癖を矯正して日本語に翻訳する努力をし、世界にも優れた表意語である漢字かな交じり語の日本語を大切に育てていかなければならないと思う。そこで球技がどのように翻訳されているか調べてみた。

 野球、庭球、卓球、蹴球、排球、送球、籠球、撞球と何れもその球技の特徴をうまく捉えているではないか。、この中で排球だけは名訳ではないと思う。

 ところでゴルフは穴球、ボーリングは倒球、バドミントンは羽球、アイスホッケーは氷球、ホッケーは滑球、ラグビーは抱球、ゲートポールは門球、ハンマー投げは鉄球投げというのは如何であろうか。

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メールの怖さ

 昨日友人T君から怒りのメールが届き戸惑ってしまった。百年史の編集について筆者の属する年代の友人Sから記載記事について訂正したいということから始まった。電話のやりとりのあとS君が校正原稿を送ってきた。写しがT君、A君にも送られていた。これを受けてA君が再度丁寧な校正原稿を送ってくれた。そこでこれを紙面に反映した修正原稿ができたのでA君に校閲をして貰うためにファイルを添付して送った。そのとき、S君、T君にもCCで送っておいた。
 T君の怒りは要件も書かずにいきなり原稿のファイルを送りつけてくるのは失礼ではないかというのである。こちらは他意はなくS君の発議に基づき、A君の書いた校正原稿で紙面を修正したから参考に見て欲しいという意味でCCにしたのであるが、ひとこと送り状的な文面がなかったことに気分を害されたというのである。こちらの意図は当然に判って貰えると思って気軽にCCとして送信してしまったことには相手の心証に対する配慮がたりなかったかなと反省しているところである。よく考えてからでないとCCは流せないなと思った。

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2004.10.13

ブラウザ

 最近は無料ホームページのサービスを行っているネット関連業者が多い。初めてホームヘージを開いたのはもう5年程も昔のことであり、イロハのイの字から初めてきたが今ではサイトの運営方法のスキルもかなり上達したと思っている。百年史の編集にHPを利用しようと思い立ったのがきっかけであったが、サイトの恩恵を受けて編集作業も纏めの段階に入った。写真画像のサイトへの開示が多いので容量の増加には何時も悩まされている。契約しているプロバイダーのサービス容量は当初10メガであったがやがて20メガにまで増加した。それでも足りなくてInfoseekの無料サービスを利用していたが50メガの許容量も使い果たした。そこで容量の多い無料サービスはないかと探したところAAAcafeというところで200メガまで無料のサービスをしていることを知った。早速登録して昨日はその使い方に明け暮れた。このときこの業者ではブラウザとしてネットスケープナビゲーターを利用しているのでこのソフトもダウンロードして使ってみることになってしまった。IEしか知らなかったがこちらも使って見ると便利なところもあるのを知った。

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2004.10.12

コールポコチ

 コールポコチの東京地区同窓会が開かれた。約20名程の旧友が集まった。学寮で活動していた混成合唱団である。ポコチとは本人達はまじめなつもりだが、どこか間抜けなところがあるという意味だ。何語かは知らない。昭和32年頃寮で歌好きな仲間が主として医学部の寮生を中心に結成され、同じ市内の女子大の合唱団と市民祭に合同出演したのが始まりらしい。筆者が昭和34年に宇治の学寮から京都の学寮に移住した頃は部勢も上り坂で団員の募集をしていた。
 当時芸術派と娯楽派との論争があったようだが、団員を多く集めるためには女子大と合同練習をするなど娯楽的な要素を取り入れなければならないという意見が大勢を占め、参加人数も急速に増えたのである。筆者も娯楽派の最たるものでろくに音符も読めないのに入団して青春を謳歌したものである。
 集まった顔ぶれを見ると娯楽派に属する人ばかりで当時歌った〔古き屯営〕などを合唱し往時を懐かしんだ。

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2004.10.11

誤解

昨日マイクロソフト社のアウトルックエクスプレスに関するシステム更新サービスのインストールをしたら一時的にメールが消失したり、インターネットエクスプローラーに登録したお気に入りのURLが一時的に消失したと書いたが実は単純な操作ミスが原因だったことが判った。
今使っているFMV-biblo NB18D/Vでは現在の使用者と所有者を区分して管理するようにできている。最初の起動の時も使用者と所有者のアイコンがそれぞれに表示されるのだが、使用者のアイコンをクリックして起動するのを常とした。今まで所有者のアイコンをクリックして起動したことはなかったのである。今使っているPCは筆者専用で使っており、使用者と所有者が常に同一人であるから初期設定の時に使用者のアイコンで設定し、所有者については何の設定もしていなかったのであった。ファミリープランの契約だからIDは三つ持っている。そこでこれを機会にID毎に別管理をすることを考えようと思っているところだ。テーマ別に管理できればメールもそれぞれに仕分けできるであろう。

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2004.10.10

マイクロソフト社のアプリケーション更新サービス

 コンピューターを起動させると画面に表示がでて、Out Loox Expressの欠陥を修正するプログラムをダウンロードするようにとのメッ゙セージがでた。書かれた手順通り試してみたがうまくいかない。そのうちインターネット接続ができなくなってしまった。拉致があかないのでシステム復元で、うまく作動していた時点のシステムに復元した。暫くうまくいっていたのだが、ログアウトしてから暫くして起動させたらなんとOut Look Expressのメールのファイルが全て消えていた。またInternet Explorerのお気に入りに登録しておいたURLも消えているではないか。とりあえず必要なURLだけ新規に打ち込んで再度お気に入りに登録して当面不自由しなくなったとほっとした。ところがである、今朝起動させてメールのチェックをしようとOut Look Expressを開いてみると消えた筈のメールが全て残っていたし、IEの方のURLも消えないで残っているではないか。昨日の現象は一体なんだったのだろうか。さっぱり理由が判らなくて狐に騙されたような気分である。

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2004.10.09

外来語言い換え例32語

 国立国語研究所が官公庁の白書や広報誌に使用している難解な外来語の平易な日本語への言い換え例32語を発表した。

 今回は第一回目の62語、第二回目の47語に続く第三回目で最終回になるという。今回も発表された一覧表を見ながら自分はどれだけ理解できているか試してみた。次の語は残念ながら判らなかった。
 コンプライアンス、セーフガード、セットバック、デジタルデバイド、ハザードマップ、パブリックインボルブメント、プレゼンス、ポートフォリオ、ユニバーサルデザイン、リテラシー、ロードブライシング。
 約三分の一の言葉が判らなかったわけだ。

 日本語に言い換えられると概念だけは理解できる。国民に最も理解して貰わなければならない官公庁の公式広報文書がこのような難解なカタカナ言葉で埋め尽くされていることは由々しきことだと考えるのは筆者だけであろうか。

 役人達はもっと国語を勉強して創造力を研磨し大胆に外来語の翻訳に努めて貰いたいものである。表現力の貧しさなのか学を衒っているのか、役人とは不可思議な人種である。

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外来語言い換え32語

 国立国語研究所が官公庁の白書や広報誌に使用している難解な外来語の平易な日本語への言い換え例32語を発表した。今回は第一回目の62語、第二回目の47語に続く第三回目で最終回になるという。今回も発表された一覧表を見ながら自分はどれだけ理解できているか試してみた。次の語は残念ながら判らなかった。コンプライアンス、セーフガード、セットバック、デジタルデバイド、ハザードマップ、パブリックインボルブメント、プレゼンス、ポートフォリオ、ユニバーサルデザイン、リテラシー、ロードブライシング。約三分の一の言葉が判らなかったわけだ。日本語に言い換えられると概念だけは理解できる。国民に最も理解して貰わなければならない官公庁の公式広報文書がこのような難解なカタカナ言葉で埋め尽くされていることは由々しきことだと考えるのは筆者だけであろうか。
 役人達はもっと国語を勉強して創造力を研磨し大胆に外来語の翻訳に努めて貰いたいものである。表現力の貧しさなのか学を衒っているのか、役人とは不可思議な人種である。

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2004.10.08

話す時の癖

 人には癖がある。無くて七癖とはよく言ったものだとつくづく感心する。朝目覚めて何気なくテレビを見ていたら天気予報を放映していた。今日は田代気象予報士が解説していたが、しゃべる都度両手を動かしていたのが気になってしかたがなかった。アナウンサーであればこのへんの癖はださないように訓練している筈なのに、それが今日は極端にめだった。そして朝食時に再びテレビをつけると同じ田代気象予報士がまた天気解説をしていたが、今度はタクトを持って地図の上を指し示しながらしゃべっていたのでその動きは自然で気にならなかった。早朝に見た人とは全く別人のようにさえ思えた。
 このようなことが気になりだすと「エッート」「チョット」等というつなぎの言葉を多用する人の話も気になるものだ。間を置くための或いは次のフレーズを誘い出すための間投句であれば、日本語は必ず言葉の切れ目には「アイウエオ」の母音をとるから、すくなくともこの「アイウエオ」のいずれかの母音を長く引き延ばすことで間合いを調節するのも話し方の一つのテクニックだと思う。

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2004.10.07

国語

外国へ行くと土産物屋などには流暢な日本語を話す現地人店員がいて驚くことがあるが、日本語が異国で異国人によって話されているのを聞くのは誇らしい気がするものである。如何に多くの日本人旅行客が世界各地を歩き回っているかという一つの証拠でもある。
常々思っていることであるが、明治時代の先駆者達は外国語を如何に上手に日本語に翻訳するかに智恵を絞っり大変な努力をしたと思う。スポーツに例をとれば、野球、卓球、蹴球、排球、送球と実によくものの本質を捉えたネーミングだと思う。そこには国語を大切にしようという意気込みが窺える。それに対して現在のカタカナ文字の氾濫は嘆かわしいと思う。何故選挙公約をマニフェストと言い換えなければならないのだろうか。統治能力がガバナンスでなければならないのだろうかという疑問を常々抱いている。セレブとかリベンジとかカタカナ文字が安易に氾濫する。社名などにもカタカナ文字を使うところが増えたようだ。日本語で表現できる単語は努めて日本語で表現するよう習慣づけることが美しい日本語を後世に伝える現代人の務めではなかろうか。

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2004.10.06

基本検診

勤めている頃は毎年健康診断があったから自分で努力しなくてもそれなりに健康のチェックだけはできていた。しかし、自適の生活に入るとついついどこか悪くならないと病院へ行くこともなく健康チェックがなおざりになりがちだ。
今回、横浜市の基本検診というのがあるということを知って診断を受けてきた。胸部レントゲン、胃のレントゲン、眼底写真撮影、検便、検尿、採血検査四種類と検査するものであるが65才以上は無料であるという。早期発見早期治療で老人医療費の増大を少しでも抑えようという行政当局の思惑もあるのであろうが、人間健康であることにこしたことはない。ここは素直に市政の恩恵を受けたと素直に受け止めておこう。

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2004.10.05

羅生門

 黒沢明監督の名作羅生門を見てきた。学生時代にこの映画は見たという思い込みがあったが、実際に映画を見ると思い出す場面が一つもない。イメージとして残っているのは羅生門の上で死骸から頭髪を抜いている老婆とこれを目撃した下人の争う場面である。多分テレビドラマででも見たイメージが定着していたのであろう。この映画は羅生門と藪の中を下敷きにして映画の脚本が造られたものであった。登場する俳優が皆若い年代の頃なので新鮮な印象が強かった。同時に心理的に非常に難解な描写やナレーションが多く考えなければ理解できない作品だと思った。これをグランプリとして審査した人達の理解力の鋭さに脱帽であると思った。早速帰宅してウエッブで検索してみると沢山あったので後日のためにリンクを貼っておくこととした。
羅生門
藪の中
藪の中(読みの多様性)

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2004.10.04

弱肉強食

 イラクで大統領選へ向けて準備が進んでいるが、これを妨害しようとして武装勢力の爆発事件が多発している。これに対して米軍も激しい攻勢をかけ武装勢力の拠点都市を制圧したようだ。この騒動をみていると日本で言えば応仁の乱に始まる戦国時代の内乱を想像させる。戦国時代という言葉と共に連想される言葉に弱肉強食と適者生存というのがある。
 生物学者の長谷川真理子女史のエッセイを読んでいてこれらの言葉は生物学では種の異なる生き物の間にある原則のことを意味するのだという。言われてみてなるほどと了解できることが幾つもある。
 人間の食卓にあがる肉類、魚類は何れも生命をもった存在であるが、これを食することに対して人間は罪悪感をもたない。それは種がことなるからなのであろう。少なくとも同じ種である人間同士の世界では弱肉強食という言葉は通用しない相互扶助の精神が年金制度の改定にも反映さればいいがと思う。

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2004.10.03

イチローの凄さ

 イチローが先人未踏の大記録を打ち立てたと内外の新聞はトップ記事で伝えた。イチローの凄いところは飽くなき研究心と弛まざる努力の積み重ねができる能力を備えていることだと思う。また驕るところがなく謙虚な挙措動作がいいと思う。
読売新聞

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2004.10.02

中華思想

 中国も江沢民から胡錦濤へ政権が委譲されて多少は対日政策にも変化があるのかとの期待があるようだが、DNAとして中華思想を刷り込まれている民族だから多くは期待できそうにもない。東夷、西戎、南蛮、北胡と漢民族以外の異国人は野蛮人であると見下してきた国柄である。一党独裁で自由を極端に制限している国だから、解放経済に移行してから急激な経済発展は遂げたものの貧富の格差は拡大し、公害の垂れ流しによる河川の汚濁・環境破壊、数々の基本的人権の蹂躙が公然と行われている国である。 この国民の不満を共産党に向けさせるのでなく外に向けさせようと仕組んだのが江沢民の政策であった。先般来の反日感情の噴出は共産党に対する憤懣が形を替えて外国に向けられたということであろう。何時の日か江沢民もその墓が暴かれる時代がくるかもしれない。

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2004.10.01

時間

 貧富、老若、男女、人種を問わず人間は誰も必ず死んでいく。時の流れは人間皆に平等である。こんなことを散歩しながら考えた。そして日本人に例をとれば、物心ついてから死ぬまでにどれだけの時間を学ぶことに費やすのかと考えてみた。現在の学制は6.3.3制であるが幼稚園や保育所から通じて考えてみると4年制の大学を卒業するまでに概ね17年~20年の間は学校へ行って学習専一で学んでいる時間である。
 その後社会へ出てからも仕事しながら学んでいる。この間のことはひとまず置いておくことにする。60才から65才まで働くとして仮に80才まで生きるとすれば老後の自由に使える時間は15年から20年ある計算になる。ということは学習専一に学校に通っていた若い頃とほぼ同じだけの時間を持っていることになる。この自由な時間を如何に有意義に過ごすかが人生にとって非常に大きな意味をもって迫ってくることに気がついた。他愛のないことだが、計数化して考えてみるとまた老後を過ごす過ごし方にも別の意味を見だせそうだと思った。

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