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2008年5月

2008.05.29

草食文化と農耕型文化の日本

最近読書に凝っていてついついブログの更新から遠ざかってしまった。日々感じたこと見聞したことを記録に留めておくことが大切だと思い久しぶりにキーを叩いた。

かねてより日本文化の特色は草食人種型であり言葉を換えれば農耕型文化であると思っていた。これを見事に代弁してくれる記事を産経新聞に発見した。

2008.5.29付けの
産経新聞の正論
において小堀桂一郎氏が以下のように述べておられることには共感を覚える。

 ≪司法人としての誤謬≫

 島田長官の発言には、本紙の記事によつて見ての限りであるが、看過し難い誤謬(ごびゅう)があるのでそれを先づ指摘しておきたい。島田氏は〈裁判員として刑事裁判に参加することは、国民の義務であるとともに権利〉であると述べた由であるが、これは暴論である。国民の義務と権利を規定する法源は、その国民の帰属する国家の歴史の中に存する。それは夫々(それぞれ)の国家が有する法制史的来歴と国家共同体としての長い経験の蓄積からわり出された歴史的所産なのであつて、一司法人が軽々しく創設的規定を述べる事が許される様な当用の便宜的法理ではない。島田氏は司法人としての誤謬を犯すと同時に、公人としての甚しい不遜僭越(ふそんせんえつ)の罪を犯してゐるのだが、御本人はその重過失に全くお気付きではないやうである。

 最高裁を代表とする司法当局のなりふり構はぬこの制度強行の姿勢を見てゐて直ちに連想する歴史的先例がある。それは、支那事変収拾工作に失敗した第一次近衛文麿内閣の硬直した外交政策の底にあつた或(あ)る「打算的思考」である。筆者とても、支那事変収拾工作の度重なる挫折、所謂(いわゆる)泥沼化の主要な原因が、中国共産党の策謀に繰られた国民政府の根強い対日戦争意欲と挑発的行動にあつたといふ事はよく認識してゐる。

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