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2008年7月

2008.07.31

マルクスの亡霊

2008年7月31日付けの産経新聞に掲載された
【正論】京都大学教授・佐伯啓思 「マルクスの亡霊」を眠らせるには 
と題する所論は複雑化する現代の経済・社会現象を極めて的確に分析し洞察した優れた評論であると思った。
おそらく何十年か後にも読み返され、評価される優れた論文だとの思いが強い。


マルクスの亡霊を検索してみると以下のような書評や評論がアップされていた。
久し振りに学生時代に戻ったつもりでマルクス学説について勉強してみようという意欲をそそられた。

マルクスの亡霊たち
マルクスと息子達
マルクスの亡霊たち
なぜ情報化社会にマルクスの亡霊が回帰するのか

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2008.07.30

詐欺師集団=国際金融資本を告発するビデオ

久し振りに阿修羅というサイトにアクセスしてみた。
昔は活字の羅列であったのにビデオ画像が見られるようになっている。

画面の左上にあるビデオ窓の
詐欺師集団=国際金融資本を告発するビデオを再生してみた。

日本語の説明が画面下に出てくるので判りやすい。国際金融資本成立の歴史から始まるので全部みるのは大変だが興味が沸いて最後まで見てしまった。約1時間もかかる長大なビデオだ。

もう一度見ようとクリックしたが日本語の説明がでない。何度かトライして操作を間違えていることに気がついた。

ビデオ画面の窓の右下にCCというのがある。
このCCをクリックすると

Japanese Anti-Rosthschild
Show Caption
Show Background

というのが現れるのでここへチェックを入れて再生すると最初見たのと同じ日本語の説明入りの画像が現れた。

国際金融資本の陰謀説というのは沢山あるのでこのサイトのテレビ画像をそのまま信用するわけにはいかないが非常に参考になった。

国際金融資本については色々なサイトがあることも知った。 参考になりそうなのを拾っておいた。

「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報」というサイトの
「陰謀説批判」という合理的選択

「日本を守るのに右も左もない」というサイトの
「国際陰謀説」は、思考停止の免罪符になってはいないか?

「名無し人の観察日記」というサイトの
国際金融資本の野望・天翔記

は何れも力作であると思った。石油価格高騰の折からまた国際金融資本陰謀論をめぐって議論が活発になることであろう。

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2008.07.29

日本人の気骨とオリンピック

 2008.7.29日付産経新聞で切り抜いておきたい共感できる記事を四件発見した。

【正論】平和・安全保障研究所理事長 西原正 北京五輪で日本人の気骨を
と題する所説には全面的に賛意を表し、日本代表のオリンピック選手にはこの所説の意を帯して行動して欲しいものだと祈念する。

【外信コラム】北京春秋 反日活動家の憂いは現在の中国政府のご都合主義の取り締まりの及ぼす影響を如実にレポートしていると思った。

【政論探求】「田の草とり」の意味はと題する所論は福田総理よステーツマンたれと願う庶民の気持ちをよく代弁している。

【断 横田由美子】厚労省採用の不思議と題する所論も鋭い指摘であると賛意を表したい。

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2008.07.28

北京オリンピックの現地情報

 北京オリンピックの開幕も近づき日本選手団の一部はオリンピック村入りし練習を開始した。
北京現地の雰囲気とか治安の情報を知るのに便利なサイトを見つけた。

【記者ブログ】五輪前夜、小ネタ特集 福島香織  は警備当局の規制が厳しくなりピリピリした雰囲気がよく伝わってくる。

【奧運(オリンピック).com】はシリーズものとして企画されており、必要に応じて目次を一覧してから、現地情報を得るのには有益なサイトである。

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2008.07.27

小樽市の浴場の外国人利用拒否問題

産経新聞の2008.7.27付け朝刊のコラム

【断 佐々木譲】すでに発信されたこと を読むまでは小樽市の入浴施設が外国人の入浴拒否をして裁判にまでなったという事実があったことを知らなかった。

原告の言い分はジャパニーズ・オンリーと題するサイトで知ることができる。

現在国論を二分して議論されている、在日第三国人に参政権を付与する問題とは本質の問題が異なっていると思うのでこのコラムの執筆者の見解には賛意を表したい。

参政権付与に反対する立場の考え方はこのサイトで知ることが出来る。


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2008.07.25

外務省の体質

2008.7.25の産経新聞に掲載された

【断 二宮清純】外務省ですが野茂選手に… という記事は現在の外務省の体質を言い得て妙であり共感する点が多い。

以下は全て引用である。

日本人メジャーリーガーの実質的なパイオニアである野茂英雄が引退を表明した。もう時効だから書いてもいいだろう。今から13年も前のことだ。海を渡ったその年、野茂(当時ドジャース)はオールスターゲームに監督推薦で選出された。開催球場はテキサス・レンジャーズの本拠地ザ・ボールパーク・イン・アーリントン。

 試合前日の夜中、私が宿泊していたホテルに電話がかかってきた。声の主は外務省の職員。もちろん初めて聞く声だ。「あなたが二宮さん? ちょっと頼みがある。村山首相(当時)から野茂選手あての親書を預かっているのだが、お渡し願えないか? あなたは野茂選手と親しいと聞いている」。慇懃(いんぎん)無礼な頼み方だった。「そんな重要なものは預かれない。ご自身でお渡しになればいいじゃないですか」

 数分後、再び電話がかかってきた。「実は野茂選手の宿泊しているホテルがわからないのです。何とかお願いできないものでしょうか」。今度はうってかわって丁寧な言葉遣いだった。仕方がないので引き受けた。翌朝、親書を受け取ると、差出人の名前が「MURAYAMA」ではなく「MURIYAMA」になっていた。

 それは笑い話だからいいのだが、後で心配になった。外務省ほどの組織がなぜ野茂が宿泊しているホテルを割り出せなかったのか。外務省の情報収集能力はその程度なのか。メジャーリーガーは偽名でチェックインするとはいえ、調べればわかることだろう。あれは特例中の特例であったと思いたい。(スポーツジャーナリスト)

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2008.07.24

プロの物書きの作業効率

★★花岡信昭メールマガジン★★は愛読しているメールマガジンの一つであるが、

599号[2008・7・24]の

<<たまっていた仕事が・・・>>と題する見出しの文章中の一節に以下のような記述がある。

 なんとかその危機的状況を乗り越え、あとはまた、ルーティンの仕事をこなしていくことになる。それにしても、一晩で400字換算40枚は書けるのだ、ということを知った。

 とにかくぎりぎりにならないと、集中しない。極限まで自分を追い込むことをしないと、一気にというわけにはいかない。ここが中途半端なままパソコンに向かうと、初めの1行が書けない。

 悶々として、1行書くのに何時間も要する仕儀とあいなる。その特殊な異次元空間に入り込むことに成功すれば、あとは一瀉千里だ。

 素人が趣味でやっているこのブログでも書きたいと思ってもなかなかはかどらないことがある。物書きのプロでもそうなのかという安堵感とプロが一晩で400字換算40枚は書けるという告白には流石プロだとの思いが強い。

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2008.07.23

廃用症候群と老人期うつ病予防のために散歩を再開

P1050848


 久し振りに早朝の公園を散歩した。この時間帯には初老の男女達が多数散歩している姿を見かける。公園に鮮やかに繁っている青葉を見ながら汗をかくのは気持ちのいいものだ。筆者が暫く中断していた朝の散歩を再開したのは以下のテレビ番組を見て触発されたからである。

 最近運動不足を感じていたところ昨夜たまたま視聴した

最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学は衝撃的な内容であった。

昨日(08/07/22)の放映は

高齢者が気をつける病気スペシャル
『本当は怖い出不精~思いやりの落とし穴~』
『本当は怖い物忘れ~巧妙なるワナ~』

と題して
廃用症候群
老年期うつ病が取り上げられていた。

 番組の中で一週間歩行をしないと脚の筋力が10%低下し2週間歩行しないと20%、3週間だと60%も低下するという解説は、現在の体力を保持するためにも、とにかく一日標準の1万歩を歩こうと決意させたのである。

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2008.07.22

愛猫終焉の場所

 毎日暑い日が続いている。空が白みだすと起き出し仏前で般若心経と法華経寿量品を朗誦し、二階の部屋を掃除するのが日課となっている。

 部屋の中を電気掃除機で清掃していると、以前は飼い猫が前脚を直立させて招き猫のような姿勢で監視していた姿を思い出す。猫のために砂箱を置いていた箇所には握り拳大の汚れが絨毯に残っている。愛猫終焉の場所である。

 もうあの可愛らしい姿は見られないのだと思い、写真を取り出してながめながら日記を繙いてみたら以下のように記述されていた。

Cat

平成20年6月4日(水)  家内は愛猫と最後の別れの愛撫を済ませてから長女のところへ出掛けた。  水上勉の「はなれ瞽女おりん」を読んでいたら飼い猫が鳴いた。老衰のため餌を食べなくなって一週間ほどになる。静かにお迎えを待っている状況である。砂場の横で寝ていたのだが、いよいよ最後の声かと遠くから観察していたら手足が痙攣した。15時36分であった。暫くしてスディンと名前を呼んでみたが動かない。触ってみると冷たい。断末魔の声を聞いたことになる。遺体の前で線香をたいて般若心経と法華経を唱えておいた。  外出先から家内が帰り、長女と次女も猫の弔いのためにかけつけて来た。松の木の横に穴を掘り弔いに集まってきた者達がそれぞれに一句捧げて墓碑に記録し亡骸を丁寧に埋葬した。

・梅雨空に 一声鳴いて 猫逝きぬ     筆者
・梅雨寒や 腕の温もり スディン逝く     妻  
・守り猫 三光鳥と 天駆ける         長女
・百合哀し 瞼の猫は 花好む        次女
・スディン君 天に輝く 星となれ    男子小学2年の孫   


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2008.07.21

水蜜桃綺談について

水蜜桃綺談という短編小説を脱稿したのは平成5年1月4日であった。
資料集めに苦労したことを覚えている。

その頃はインターネットもまだ今日のようには進化しておらず使い勝手の良いものではなかった。
この作品の着想は、かつて福山城跡に佇み往時を懐古したイメージが基になっている。
その後岡山へ帰郷した折り本屋で求めた備中兵乱記という本が創作意欲を掻き立てた。

そして
水蜜桃は刀鍛冶が品種改良して作り出したという俗説にヒントを得て書いた作品であった。

当時は地元の本屋や図書館を徘徊しても大江田氏経、福山城、幸山城に関しては僅かな資料しか入手できなかった。

今回作品を読み返してみて大江田氏経、福山城、幸山城をインターネットで調べてみようと思い立った。

15年前とは雲泥の差で検索すれば優れた資料が豊富に得られることをしった。

下記資料をインターネトで拾わせて貰った。

岡山県の城の一覧表と分布地図は岡山県の城から

幸山城も上記岡山県の城から

福山城も上記岡山県の城から

大井田氏経 の略歴では大井田となっているが大江田とも表記される。

大井田氏と表記されているが大江田氏と同じである。

大井田氏に関する歴史という中条地区歴史のページさんのサイトからは大井田サミットという大井田氏末裔の全国的な集まりのあることも知った。

福山城 ウィキペデイア

自治会長、奮闘記さんのサイトからは大井田氏経が十日町市中条の人達には御当地出身の誇りの人であることを知った。

清音村、山手村は平成の大合併で地名が抹消されてしまう悲哀を味わっていることも知った。
倉敷地区のサイトがあるからこそ歴史上の清音村、山手村のロケーションが理解できるのである。
市町村合併により歴史的な地名が消えていくのは問題であると思う。


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2008.07.20

ばら寿司を調べる

昔、ばら寿司という随筆を書いたことを思い出した。読み返してみてばら寿司の起源などを調べてみようと思った。

 酢でもんだ御飯の中に具として、さわら、鎮台貝、干し椎茸、干瓢、人参、銀杏等を混ぜ合わせ、ゆり輪の中へ敷きつめて、上には線切りにした薄焼き卵、紅しょうが、さやえんどうを色鮮やかに飾りつけたばら寿司。岡山県は早島町で収穫を祝って営まれる秋祭りの御馳走である。この地方では、誕生、七五三、入学、卒業就職、結納等の人生の節目毎に行われる祝い事の時に欠かすことの出来ない料理として位置づけられている。
 
 私にとってばら寿司は北朝鮮鎮南浦から早島町へ大戦後引き揚げのため、夜間銃声に怯えながら三十八度線を徒歩で突破した逃避行の想い出と結びついている。それは飢餓の旅でもあった。

 空襲の虞れがあるので疎開するため家財一切を先に送り出し、二日後には出発という日に終戦を迎えた。外地における敗戦国の国民は惨めなものである。在留日本人は手持ちの品を売り喰いしながら飢えを凌ぐ生活が始まったが、我が家では疎開地へ送り出した家財が返ってこないので売る物がない。父は出征していたので、当時七才の私を頭に四才の妹と生後十ケ月の妹を抱えた母は、女手一つで家族を養うべく、朝鮮人の経営する農園へ草取りの手伝いに出掛けた。賃金の替わりに貰ってくる白菜、大根、コ-リャン等が育ち盛りの私達兄妹三人の糧であった。必然的に栄養失調となり骨と皮だけのみじめな姿であった。このような生活が一年程続き漸く引き揚げることになった。

佐世保港へ上陸した私達一家はDDTで体中を真っ白に消毒され、長時間石炭の煙に咽びながら列車に揺られて、伯母の待つ早島町へ明け方近く到着した。表戸を激しく叩いて家人を起こし、再開の涙にくれたのである。前日がたまたま早島町の秋祭りの日であったため親戚一同を招待した残りのばら寿司を御馳走になった。この時のばら寿司の味は一生忘れられない。                          98.7.11 脱稿

くらしきばら寿司フェアにホテルや旅館、料亭が出品したばら寿司は豪華である。

寿司の歴史によればばら寿司の発祥は次のように説明されている。

岡山城主の池田光政は、領民の贅沢を戒めるため、「一汁一菜」の令を発した。つまり、食事の際の副食は、汁物を除いて一種類に限るというのである。日常においても領民もこれに従っていたが、年に一度の祭りの日にもこれを適用されてはたまったものではない。そこで、「せめて祭りの日くらいはおかずの品数を増やしてほしい」と願い入れたが、藩はこれを拒否。やむにやまれぬ領民側がひねった知恵が、飯の中に山海の味覚を混ぜ込んでしまう方法であった。これならば、おかずの皿数は増えず、「副食」にはカウントされないというわけだ。かくて生まれたのが、具がいっぱい入ったばらずしである。重箱に詰める場合は、底に豪華な具を敷き、上に質素なすし飯を置く。表面的には質素に見えるわけで、これを「もぐりずし」と呼ぶ。

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2008.07.19

日本人の国民性への洞察

最近の日本の外交を見ていると北朝鮮にも中国にも引きずり廻され通しでいいようにあしらわれている感じを否めない。そんな折りに第一次オイルショック直後の頃に発表された会田雄次氏の下記論説には首肯できる点が多い。
以下は2008.7.19日付けの産経新聞に再度掲載された論説である。

Aida01


Aida02

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2008.07.18

「べちゃ」の追跡

また暫くこのブログの更新をさぼってしまった。
久し振りに昔書いたべちゃの面という短編小説を読み返してみた。

べちゃの面の中に次のような記述がある。

この地方には、吉備津彦神社と吉備津神社とが山を幾つか越えた部落にあって桃太郎伝説が伝わっている。清一の住んでいる町は、岡山県南部の藺草と畳表の産地である。氏神様としては鶴崎神社というのがあって、何でも吉備津神社とはゆかりのある神社らしい。伝説によれば、吉備津彦の命が鬼退治をしたことになっており、鬼というのは瀬戸内海の塩飽諸島を根城として内海を暴れ廻っていた海賊だとの説がある。面白いことに吉備津神社と吉備津彦神社のお祭りには鬼がでない。鬼がでるのは鶴崎神社のお祭りだけである。

「べちゃ」という語源を調べようと思い立ちウエブサーフィンを試みた。吉備津彦の命が鬼退治をしたという神話に基づいて生まれた桃太郎伝説が底流にあることは間違いないと思うが早島町以外にも「べちゃ」が鬼として伝承され町起こしに利用されていることを知った。

その幾つかを拾ってみた。
茶屋町の鬼太鼓保存会
お花大好きさんのブログから拾った写真が「べちゃの面」の文中でイメージされている早島町のべちゃである。
ギャラリー茶屋町鬼まつり さんのブログから拾った写真も清一のイメージするべちゃである。
温羅(うら)の伝説と桃太郎
塩生疫神社秋期べちゃ祭りという製塩と関係のあるべちゃのことも知った。
吉備津彦神社の由緒にも温羅(うら)が登場する。
吉備津神社の説明にも鬼退治神話が登場する。
鶴崎神社も吉備津彦命とゆかりのある神社である。

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