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智弁学園と宗教

 暑い夏の日々が続いている。消夏法の一つは冷房の効いた部屋で高校野球のテレビ放映を見ることである。二日目の智弁学園と近江高校の試合は視聴者の手に汗を握らせる好試合であった。

夏の高校野球:智弁学園が近畿勢対決を制す 近江に5-4

 高校野球では勝ったチームの栄誉を讃えて校旗がスコアボードの上へ掲揚され校歌が演奏される。選手達には感極まる一瞬である。その校歌の歌詞を見ていて気のついたことがある。校歌には必ずと言っていい程、郷土の山・川・平野・丘等の自然が歌詞の中に織り込まれていることである。

 郷里を離れて首都圏で生活する人々にとっては、若き日々の想い出を蘇らせてくれるお呪いのような役割を持っている。

 郷土の栄誉を担って死力を尽くして戦い勝利を勝ち取った選手達の汗に汚れたユニフォーム姿と共に校歌を聞く時長く、ご無沙汰している郷土に思いを馳せ興趣は最高のものとなる。

 前々から野球で有名な智弁学園は宗教法人の経営する学校であることは承知していたが、詳しいことは知らなかった。
今回の試合で智弁学園の選手達が合掌のポーズをして整列したとき、 智弁学園は仏教系の学校だなと思ったがもっと詳しく調べてみたいと思った。

 何れ既成仏教のどこか大きなお寺の経営する学校であろうという予想は見事に裏切られた。

 大森智弁尊女が大辯才天女尊より天啓を享けて立宗した弁天宗という新興宗教であることを知った。

弁天宗のホームページによれば宗祖智弁尊女と弁天宗の歩みは以下のように説明されている。

宗祖大森智辯(旧姓吉井清子)は明治42年4月1日、奈良県吉野郡飯貝に生をうけました。生家は貧しく、様々な苦労が智辯を襲いました。学校を休んで桑畑で母を手伝ったとき、教室から流れる歌声に涙を流したこともありました。事業に失敗した一家の苦境を救うため、12歳で四日市の製糸工場へ年季奉公に行ったこともありました。これらの苦労はすべて人としての行であり、これが神代となる智辯の人となりをつくり上げました。

成長した智辯は大森智祥のもとへ嫁ぎ、子を産み母となりました。昭和9年4月17日のこと、十輪寺の境内で庭いじりをしていた智祥の傍らの智辯に異変が起こります。突然、智辯は倒れ、大辯才天女尊が姿をお見せになったのです。大辯才天女尊は「そなたは妻となり、母となってもはや、世の人とたちまじっての修行は終えた。これより先は、この辯才天の顕神、身代わりとなって、現世にあって、人の苦しみ、悩みを救うがよい」と告げられました。さらに「低きに流れ、低きにしみとおるのが水じゃ、水の心を心とせよ。水の心のある所、辯才天は常にそなたとともにあって、現世苦業を滅するであろう」と天啓を授けられました。この日から智辯は、大辯才天女尊の神代となられたのです。

智辯のもとには、途切れることなく苦しみをもった信者が訪れました。一人でも多くの人を救うため、智辯は雨の日も風の日も体調が悪い日も信者と直接に会われました。休憩もとらず、一日中座ったままなので、智辯の足は、いつも紫色に変色していました。まさにご自分の身を削って苦衆救済を実践されたのでした。ご自身の三男、祥三が肺炎をこじらせて亡くなるという出来事もありました。その悲しい通夜の最中にも、智辯は、一人の母親の懇願に応えて急病で苦しむその子どもを救いに出かけられました。戦後の混乱が治まった頃、信者は近畿一円を越えて、全国へと拡がりました。智辯は本部での信者救済の合間を縫うように、夫であり辯天宗の初代管長である智祥と手を携え、全国各地の信者の集いに直接足を運ばれ、人々を救われました。

過酷なお働きによるご苦労は、人としての生命を縮めることになりました。昭和42年2月15日、智辯は御遷神されました。御遷神の2日前、智辯は信者に最後の言葉を遺されました。 「みんなの苦しみを持って行けるならいつ死んでもよいといつも思っていました」「私が地下にもぐっても私の魂はこの世に生き続け、信者さんをお守りし、もっともっと沢山の人たちをたすけさせていただきます」 信者は皆、この御遺告に励まされ、お授けいただいた“五行のお諭し”を実践し続けています。宗祖智辯は、今も常に私たちの側にいてくださり、おみちびきくださっているのです。
五行のお諭しは次の五つである。

1.真心を常に忘るべからず
1.慈悲愍みの心を養うべし
1.善根功徳の行を積むべし
1.感謝の誠を捧ぐべし
1.不平不満を想うべからず

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