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2011年8月

2011.08.23

いろは歌

鳥啼歌(とりなくうた) [編集]また、明治36年に万朝報という新聞で、新しいいろは歌(国音の歌)が募集された。通常のいろはに、「ん」を含んだ48文字という条件で作成されたものである。一位には、坂本百次郎の以下の歌が選ばれ、「とりな順」として、戦前には「いろは順」とともに使用されていた。

とりなくこゑす ゆめさませ
みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに
ほふねむれゐぬ もやのうち
鳥啼く声す 夢覚ませ
見よ明け渡る 東を
空色栄えて 沖つ辺に
帆船群れゐぬ 靄の中


大為爾の歌出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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大為爾の歌(たゐにのうた)はいろは歌同様に、47文字の仮名をすべて一度ずつ用いて作られている歌。作者は源為憲ではないかと推測されるが、未詳。冒頭が「たゐに」で始まることからこの名がある。

天禄元年(970年)に源為憲が著した『口遊』(くちずさみ)という書物に掲載されている。為憲は当時普及していた天地(あめつち)の歌を引き合いに出し、これを里女の訛説として退け、この歌の方が勝っていると評したが、五七調の歌であったのが災いしたか、七五調を基調とする今様形式のいろは歌が登場するまで、手習い歌としての天地の歌の地位は不動であった。

大為爾伊天 奈従[1]武和礼遠曽 支美女須土 安佐利(於[2])比由久 也末之呂乃 宇知恵倍留古良 毛波保世与 衣不弥[3]加計奴

たゐにいて なつむわれをそ きみめすと あさりおひゆく やましろの うちゑへるこら もはほせよ えふねかけぬ

田居に出で 菜摘むわれをぞ 君召すと 求食り追ひゆく 山城の 打酔へる子ら 藻葉干せよ え舟繋けぬ

1.^ 「徒」の誤り
2.^ 原典脱字
3.^ 「祢」の誤り
なお、本歌は天地の歌と異なり、ア行のエとヤ行のエの区別を存しないが、最終句「え船繋けぬ」が連体止めになっていることに注目して、本来は「え船繋けぬ江」で、原歌の成立は平安初期にまで遡るのではないかと指摘する説もある。

関連記事 [編集]

津和野の歌

安野光雅作(2011.8.17産経新聞より転載)
ゆめにつわのを おもほえば
みよしろあとへ うすけむり
なくこねこゐぬるや さぎまふひ
えんらいそれて かぜたちぬ

夢に津和野を 思ほへば
見よ城跡へ 薄煙
泣く子寝ぬるや 鷺舞ふ日
遠雷それて 風立ちぬ

囲碁松風歌
まつかぜさわぐ むらなれば
ゐろりびもえて ねずうちぬ
いしおとたえぞ こゑをきけ
ぼんぷゆめみる あのよにや

松風騒ぐ 村なれば
囲炉裏火燃えて 寝ず打うちぬ
石音妙えそ 声を聴け
凡夫夢みる あの世にや

囲碁の歌(1995.5.11日経朝刊より転載)

中山典之作
みそらをかけて やまのはへ
しすむつきさえ ゐこにゑふ
いろあせぬゆめ ほんねなり
われうちとくよ おもひたる

美空を翔けて 山の端へ
沈む月冴え 囲碁に酔ふ
いろ褪せぬ夢 本音なり
吾打ち得よ 懐ひたる


中山典之作
いろはのかなに ちゑねりぬ
ゐこをみつめる くとすべし
せんそもあきれ おほわらひ
うたよまむふて さえやゆけ

いろはの仮名に 知恵ねりぬ
囲碁を見つめる 句とすべし
先祖もあきれ 大わらひ
歌詠まむ筆 冴えや行け

中山典之作
ちるよさくらに ねすあゆみ
はなおもふとて そまうせぬ
えんやめしろへ われもゑひ
つきかたむけり ゐこのいほ

散る夜桜に 寝ず歩み
花を追ふとて 杣失せぬ
宴止めし炉辺 吾も酔ひ
月傾けり 囲碁の庵

中山典之作
るらふのたひは おもしろや
ゐこうつゆゑえに ときわすれ
あさいちをよく ねりてなむ 
せそんへまみえ めけぬかほ

流浪の旅は おもしろや
囲碁打つゆえに 時忘れ 
浅い智をよく 練りて南無
世尊へまみえ めけぬ顔 

中山典之作
われもうみよりゐこすらひて
ろをまかせゐぬ おきつしほ
ふえのねむけん たそやこく
はなちるゆえに あめいとへ

我も海より さすらひて
櫓を任せ居ぬ 沖つ潮 
笛の音夢幻 誰そや漕ぐ
花散るゆえに 雨いとへ


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