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2015.10.20

シリア難民はUSAこそが安住の地・・・人種の坩堝の国

内線の続くシリアからドイツへ向けて移動する難民の姿は痛ましい。欧州各国も異人種、異宗教の難民を受け入れるのに消極的な動きが出てきた。中世の十字軍戦役に鑑みても、むべなるかなとの感がある。以下は渡部亮次郎氏から配信されたメルマガからの転載であるが、シリア難民問題解決の核心をついた所論であると思った。
   
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先進国で唯一とも言える人口増加
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         伊勢 雅臣

■1.「人種のるつぼ」となりつつあるアメリカ

前号[a]ではアメリカ在住のAさんから聞いた日本人のチームワークの良
さを取り上げたが、その時にアメリカの現状にも話が及んだ。

中国経済の行き詰まり、欧州共同体の不安定、ロシアやブラジルなど新興
国経済の失速など、多くの国々が問題を抱えている中で、アメリカだけが
元気な成長を続けている。車の販売では今年は1700万台超と予測されてい
るが、これは2001年以来、14年ぶりのことだ。

その原因は先進国で唯一とも言える人口増加だ。2000年から2010年までの
10年間で、人口は2700人も増えている。日本の5分の1ほどの人口規模が
10年で加わった勘定だ。

2700この27oo万人が成人して車や家を買えば、土地はいくらでもあるだけ
に、経済成長しない方がおかしい。一時、リーマンショックで落ち込んだ
が、今や完全に立ち直って、本来の成長ペースを取り戻したのである。

米国での人口の増加分を人種別に見ると、白人は45%と過半数を割り、残
りはアジアン(中国、韓国、東南アジア)、黒人、スパニッシュ(メキシ
コ、中南米)などとなっている。このままでいくと、いずれアメリカでは
白人が半数以下となり、有色人種国家になる。

非白人の高い出生率と、海外からの移民・難民の流入が、人口増の原因
だ。かつてニューヨークは「人種のるつぼ」と呼ばれたが、今や米国全体
が「人種のるつぼ」となりつつある。


■2.「友らよ、これがアメリカだ」

米国の保守派と言えば、白人中心主義でこういう多人種化には批判的かと
思っていたが、そうでもないようだ。保守派大統領の中で最も高く評価さ
れているレーガン大統領は、1984年のロサンゼルス・オリンピックの聖火
リレーに関して、こう語っている。

テキサス州リチャードソンでは車椅子に乗った14歳の少年が聖火を持っ
た。ウェスト・バージニア州では、ランナーが耳の不自由な子供たちに出
くわし、それぞれ数メートルずつ聖火を持たせると、子供たちは手話で興
奮ぶりを語った。群衆から自然に「アメリカ・ザ・ビューティフル」と
「リパブリック賛歌」の歌声が沸き起こった。

サンフランシスコでは、ベトナム移民が子供を肩車して、カメラマンや警
察官をかきわけながら、聖火を持って走った。その聖火を受けとったの
は、19歳の黒人少年が押す車椅子に乗った88歳の白人婦人だった。

友らよ、これがアメリカだ。[1,p215]

さらに各国から集まった選手団についても、こう語った。

この国に140カ国の選手たちが競技のために集まった。そして、この国の
国民はこれら140カ国の人々の血を引いている。合衆国でこそ、このよう
な人種、信条、民族の豊かな混合がありうる。我々の「るつぼ」の中でこ
そ。[1,p216]

「人種、信条、民族の豊かな混合のためのるつぼ」とは、アメリカの特徴
を端的に現している。この点をレーガンは、次のようにも語っている。

アメリカは人間精神に共通する何かを体現している。ある人が次のような
手紙を送ってきた。「あなたが日本に行って住んでも、日本人にはなれな
い。フランスに行って住んでも、フランス人にはなれない。ドイツやトル
コに住んでも、ドイツ人やトルコ人にはなれない。」

しかし、手紙はこう続けた。「世界のどこから来た、どんな人でも、アメ
リカに住んで、アメリカ人になることができる」[1,p401]

日本人や、フランス人、ドイツ人、トルコ人をそれぞれの国民たらしめて
いるのは、それぞれの民族文化であり、移民はそこに住むことはできる
が、その民族文化を身につけた国民にはなれない。

しかし、アメリカ人を規定するのは、人種や信条、民族ではない。「人間
精神に共通する何か」がアメリカ人をアメリカ人たらしめている、とレー
ガンはいう。それは何なのか?


■3.「自由に対する特別な愛情」

1986年、ニューヨーク港の自由の女神像が建造100年を記念して修復工事
が行われた。その竣工式で、レーガンは工事に参加した大理石工の言葉を
引用して、次のようなスピーチを行った。

[ここにいる大理石の修復工、スコット・アーロンセンはこう語ってい
る。「私はブルックリンで生まれたが、自由の女神を見に来た事はなかっ
た。しかし、工事で像を訪れた時、私の祖父たちもこの像を見上げなが
ら、アメリカにやってきたのだと思った」と。我々の曾祖父や曾祖母が、
世界の各地からアメリカにやってきて、最初に出会うのが、この像なの
だ。[1,p298]

旧大陸からやってきた人びとを迎えるのが、この「自由の女神」像だっ
た。この像はこれからアメリカ人になろうとする人びとに、ここが「自由
を求める人びとの国」であることを教えている。

アメリカが旧大陸からの自由を求める移民で成り立ってきたというのは、
建国の由来そのものである。この点に関して、レーガンは一種の宗教的信
念を持っていた。

神秘主義と言われるかもしれないが、私は常に、ある神意が働いて、この
二つの大洋に挟まれた巨大な土地に、世界のすべての地域からある特別な
人々がやってきた、と信じてきた。彼らは自由に対する特別な愛情を持
ち、格別の勇気をもって、彼らの友や仲間と別れ、この新しい、未知の大
陸に来て、平和で自由な、希望に満ちた新世界を作ったのだ。[1,p300]

前節で「人間精神に共通する何か」と言ったのは、この「自由に対する特
別な愛情」であった。それを持つ人々がアメリカ大陸に来て、アメリカ人
となり、アメリカ合衆国という国家を作ったのだった。

「国体」という言葉を、「その国のあるべき姿に関する理想」と定義すれ
ば、この「自由を求める人びとの国」こそ、アメリカの国体だ、とレーガ
ンは言っているのである。


■4.人種差別を克服した「アメリカのあるべき姿」

「それではアメリカの黒人はどうなのか」という反論が当然、出てくるだ
ろう。彼らはアフリカの土地で捕らえられ、自由を奪われた奴隷としてア
メリカに連れてこられたのだ。

奴隷制と人種差別はアメリカの歴史の汚点だが、公民権運動を通じて、黒
人差別解消に尽くしたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の誕
生日を国の祝日にしたのはレーガン政権であった。レーガンは、キング牧
師の誕生日にこう語っている。

[マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、アメリカへの信頼と人類
の未来への信念を語っていた。彼は現状を否定し、あるべき姿を求めた。
その夢のために、人生を捧げた。彼の夢の多くは現実となったが、いまだ
達成すべき多くの夢も残っている。キング博士の信念は我々全員に進むべ
き道を示す希望の灯火となっている。我々は、アメリカのあるべき姿に向
かって、ともに努力を続けるのである]。[1,p167]

キング牧師の夢とは、黒人が白人の同胞として共に暮らす社会だった。牧
師も同じく「自由を求める人々の国」という国体を信じていた。その国体
への信が人種差別というアメリカの歴史の汚点を克服したのである。


■5.「ハロー、アメリカの水兵さん。ハロー、自由の人」

アメリカが「自由を求める人々の国」であろうとすれば、アメリカは自国
民だけでなく、世界のすべての自由を求める人々に手を差し伸べなければ
ならない。レーガンはベトナム難民に関して、次のような逸話を語っている。

[80年代のはじめ、ボート・ピープルが最も多かった時期。南シナ海をパ
トロールしている空母「ミッドウェー」の水兵が熱心に勤務に就いてい
た。水夫は、ほとんどのアメリカ兵と同様、若く有能で職務に忠実だっ
た。水兵は水平線上に、いまにも沈没しそうな小舟を見つけた。小船は、
アメリカ行きを夢見るインドシナからの難民たちで一杯だった。

ミッドウェイは小艦艇を送って、彼らを救出した。難民たちが波立つ海面
を横切って、空母に近づくと、甲板の上の水夫を見て叫んだ。「ハロー、
アメリカの水兵さん。ハロー、自由の人」

[小さな瞬間が大きな意味を持っている。この手紙をくれた水兵は、この
瞬間のことを忘れられない、と記している。私にも忘れられない光景だ。
なぜなら、これが1980年代のアメリカ人が体現していたものだからだ。わ
れわれはふたたび、自由のために、立ち上がっている]。[1,p411]

世界中の自由を求める人々のためにアメリカという国は存在する。アメリ
カの国体を追求すれば、それがアメリカの使命となる。


■6.ベトナム戦争の大義

ベトナム難民は共産主義政権から逃げ出した南ベトナムの人びとであっ
た。ベトナム戦争は、共産主義の拡大を食い止めるためにアメリカが直接
参戦した戦いであったが、アメリカにとっては、建国史上初めてと言って
もよい実質的敗戦となった。

おりしも大学紛争などで世界的な左翼的風潮が強まっていた時期でもあ
り、ベトナム戦争は「アメリカの侵略戦争」であり、べトナムから帰還し
た父親を「人殺し」などと呼ぶ子供もいたという。アメリカ国民は誇りを
傷つけられ、自信を失った。

レーガンはこの傷を癒やすために、ワシントンにベトナム戦争戦没者慰霊
碑を建てた。全長75メートル、高さ3メートル、黒い花崗岩で作られた壁
に、5万8千余名の戦没者の名前が刻まれている。その除幕式で、レーガ
ンはこう述べた。

「この10年間に、絶望してベトナムから脱出したボート・ピープル、カン
ボジアの(数百万が殺された)キリング・フィールド、この不幸な一帯で
起きたすべての出来事を考えれば、我々の仲間が戦った大義が正しいもの
であったことを誰が疑えよう」。

それは、結局は自由という大義のためだった。その戦略は不完全だったと
しても、彼らはその任務のために尋常でない勇気を示したのだった。

おそらく、すべてが終わった今日、我々が同意できるのは、一つの教訓を
得た、ということだろう。それは勝てる見通しのない戦いにアメリカ兵を
送ってはならない、ということである」。(拍手喝采)[1,p367]

我々は負けたとは言え、自由の大義のために戦ったのだ、というレーガン
の言葉と慰霊碑で、アメリカ人の心中に「自由を求める人びとの国」とい
う国体が蘇り、誇りと自信を回復することができた。

ベトナム難民は自由を求めて共産主義から逃げ出した人々であった。人々
の自由を抑圧する共産主義こそ、アメリカの国体と相容れない存在であっ
た。レーガン政権はソ連を「悪の帝国」と呼び、遂にはソ連を崩壊にまで
追い込んだ。[b]

「自由を求める人びとの国」というアメリカの国体の理想は、奴隷制と人
種差別という白人社会の宿痾を克服し、世界各地の多くの難民を助け、共
産主義の脅威から人類を救ったのであった。


■7.「一つ屋根の下の大家族」という国体

近代世界におけるアメリカを見ると、古代の東アジアにおける日本列島も
似たような存在ではなかったのか、と思えてくる。古代の日本列島には、
北から西から南から様々な民族が流れ込んできた。戦乱の激しかった大陸
や朝鮮半島から逃れてきた人びとも多い。

古代の日本は多民族国家であったと言っても良い。それを一つの国家にま
とめたのが、皇室を中心とする大和朝廷であった。初代・神武天皇は、大
和の地で都を造る際に、次のような詔(みことのり)を出している。

「人々がみな幸せに仲良くくらせるようにつとめましょう。天地四方、八
紘(あめのした)にすむものすべてが、一つ屋根(一宇)の下の大家族の
ように仲よくくらそうではないか」。[c]

アメリカの国体が「自由を求める人びとの国」であるとすれば、日本の国
体は「一つ屋根の下の大家族」である。この理想を抱き、皇室のもとで、
立派な家庭を築いていこう、という志を抱いた多くの先人たちの努力がわ
が国を形成してきた。[d,e]

先人の努力の跡を偲び、その志を現代のグローバル社会の中でどのような
形で継承していくかを考えることが、国際派日本人の努めである。


シリア難民問題についてのロシアのプーチン大統領の考え方。オバマは愚鈍な大統領かもしれない。以下は全て転載である。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成27年(2015)10月21日(水曜日)
         通算第4691号  <前日発行>   
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 プーチンはシリアで大きな賭けにでた
   決断鈍いオバマ政権は結局、ロシアと組むしか選択肢はなくなってきた
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 オバマ政権の優柔不断、決断ののろさと政策の間違いの連続により、シリア情勢が混沌としている。
大量の難民を抱え込む欧州も対米不満が高ぶってきた。
 
どうするのか。
 欧米はシリア問題の解決でロシアと共同歩調をとらざるをえないのではないか、と全米週刊誌トップの『タイム』(15年10月26日号)が分析した。

 第一にプーチンは原油価格暴落の影響でロシア経済がマイナス2・2%に落ち込み、国防費捻出をどうするか、議会から強く迫られる筈だった。シリア爆撃で、この議会の動きはぴたりと止に、プーチの経済失策への責任は問われていない。

 第二にアフガニスタンへの軍事介入の敗北以来、じつに35年ぶりにロシアは軍事行動にでたが、プーチンの人気は下がらず、ロシア政局が奇妙にも安定した。

 第三にシリアからの大量の難民がEU諸国を脅かし、ロシア介入への期待が欧州でも高まった。

 第四に国連に十年ぶりに搭乗したプーチンは「ISを征討するためにロシアは西側と協力する用意があり、ロシアを含めた国連軍もしくは多国籍軍の結成で対応を」(プランA)を呼びかけた。欧米諸国は、この対応を迫られるかたちとなった。

 第五にプーチンは同時にプランBを提示し、「ロシアと協力しなければISを征討できないという確信を西側に抱かせる」ために、ロシアは軍事行動にでた。

 第六にロシアは九月30日からIS空爆直前に、ウクライナ東部に展開していた武装勢力の撤退を開始した。
しかしロシア国内でのプーチン支持率は変わらなかった。

 第七にシリア問題の解決にはロシアと米国は組まざるを得ず、米国はウクライナ問題での対ロ制裁解除を迫られることを意味するが、オバマは、この方向にない。

 第八に、そうはいうものの最終的にオバマ政権はプーチンとの妥協を模索し、目の前のシリア問題解決に乗り出すことになるだろう。つまりプーチンのシリアへの賭けは、オバマの敗北に終わりそうである。

 以上が『TIME』の分析である。

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